03
「何だ……お前さんかい」
 溜め息を吐きながらカウンター席へ腰掛ける老人に、店主は笑って灰皿とソーサーを出した。
「ハハハ、すまんね。“◆”は今日は“夜”だけなんだよ」
 そう云うと、ソーサーへ湯気の立つコーヒーカップを置き、すぐ傍のキッチンで老人の“いつもの”ランチを調理し出す。
「店の前に、◆ちゃんの出勤表を貼れと云っとるのに」
 コーヒーをすすり、老人はパイプを取り出し――そしてもう一度、溜め息を吐いてから、カウンター脇に用意されているマッチを手に取り、パイプ草へ火をつけた。
「そんなことしたら、おれが店番の時に誰も来なくなっちまうだろ!」
「お前さんのようなヒゲジジイにコーヒーを出してもらっても、誰も嬉しくないわい」
 ジジイにヒゲジジイと呼ばれた店主は、ドアベルのようにカラカラと笑って返す。
「そりゃな! “人魚姫”にコーヒーを淹れてもらった方がいいし、ウチも儲かるんだがなァ」
 休みもやらねェとカミさんが怒るんでよ、と店主はシーフードピラフを炒め、皿に盛る。
 老人はパイプをふかしながら、ドアの横にある大きな窓の方を向き、目を細めた。
「“人魚姫”か……。そういや、ここへ来る途中、沖に小舟を見かけたが、あれは◆ちゃんじゃないだろうねえ」
「げっ……本当か!?」
 店主はカウンターから出ると、窓に駆け寄り、すぐ傍に広がる海へ目を凝らす。
「あー、分からねェなァ……アイツ、店から見えねェとこで潜ってんじゃねェだろうなァ」
 首を振りつつ、のそのそとカウンターへ戻ってくる店主に、老人は窓から目を離し、まあまあと宥めた。
「しょうがないだろう……あの子は“人魚姫”なんだから」
 パイプを咥え、ほっほっと笑う老人に、店主は肩をすくめ、ランチの続きに取り掛かるのだった。



 この島で泳ぎが一等得意なのは誰か?
 そして、その姿も美しく、見る者はただの遊泳姿にも魅せられてしまう、そんな泳ぎをするのは誰か?
 島の100人に聞けば、100人が口を揃えて答えてくれるだろう――「砂浜通りのバーで働いている◆だよ」と。
 彼女は、夏島の海へどれだけ泳ぎに出ても、肌は透き通るように白く、髪は傷むことなく常に滑らかで、「まるで人魚のようだ」と島の住人に可愛がられていた。
 勤めているバーは、昼はランチを提供するカフェになっていたが、今日は夜だけでいいと云われた。それならばと、◆は店先の“砂浜通り”を下りたところに広がる砂浜から小舟を出し、少し沖で泳いでいたのだった。
 時々休憩しながらも、澄んだ青に赴くまま身を委ねていると、海中で震動と同時に潮の流れを乱される圧力を感じた。
 半刻ほど前に大きな音が水中に届き、その時に水面へ顔を出すと、遠い沖で船が何隻か見えた。
 海賊同士がやり合っているのか、と思いつつ、そんなことはこの時代は日常茶飯であるし、興味が無かったので、再び潜っていたのだが――
 しかし、今感じた震動は少しずつ近付いており、肌に寄せる水圧は何かが近付いてくることを知らせていた。

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