01
 人魚。
 それは海の中で暮らす、上半身はヒト、下半身は魚類の生き物。特に女性の人魚は、その美しさと歌声で航海者を惹きつけ、嵐を呼び、船を難破させてしまうと云う――
 そんな“人魚伝説”は確かに存在する。
 けれど、“この海”でのんびりと楽しそうに暮らす彼女たちは、美しいばかりでなく心優しい者たちである――。
「そろそろレッドラインが見えるんじゃねェか?」
 少々不機嫌そうな声を投げかけられ、キラーは顔を上げると共に、手元の本をパタンと閉じた。
 人もまばらな食堂で一人の時間を過ごしていたが、船長に見つかってしまったらしい。
「近付いているとは思うが、まだ見えないだろう。航海の予定では、あと二つほど島を過ぎる筈だ……レッドラインが見え、シャボンディ諸島と云う場所へ着けば、“前半終了”も目前だろうな」
 アイスコーヒーをストローで吸いつつ、そう説明してやると、キッドは少し離れた席に行儀悪く腰掛け、チッと舌打ちをする。
「ここんとこ暇だ! “高額”か“海軍”でも出てこねェと、船をブッ壊しちまいそうだぜ」
「それは困るな。暇なら新聞でも読んで、世界の情勢でも把握しておいたらどうだ」
 キラーが折りたたまれた新聞を、テーブルへパサリと投げてやれば、盛大に鼻から息を漏らされた。
「おれは一面記事しか読まねェ主義だ。それに、面白くもねェ記事なら目を通す価値も無ェ!」
「天竜人の連載は胸クソ悪くてオススメだが?」
「切り抜いてスクラップでもしてろ」
 そう吐き捨て、キッドはキッチンから掻っ払ったダークラムをグイッと煽る。
 その姿にキラーが肩をすくめていると、不意に号鐘がけたたましく鳴り響いた。
「三時の方角に海賊船を確認!!」
 途端、キッドの仏頂面が一気に極悪人の表情そのものになる。
「来たぜ、キラー!」
「違いない」
 やれやれ……と、持っていた本をテーブルに置き、立ち上がったキッドに続いてキラーも甲板へ出る。
「おれの船にケンカ売ろうっつーのは何処のどいつだ?」
 見張り台を見上げ、嬉々として叫んだキッドに、双眼鏡を手にしたクルーが顔を出した。
「キッドの頭! 朗報が二つ!」
 見張りのクルーは三時の方角を指差す――その先には“三隻”の大型船。いずれも黒い海賊旗を掲げたれっきとした海賊船であり、敵船である事は間違い無いだろう。
「相手は左から“5600万”、“7500万”、“6300万”の艦隊! “暴れ魚”のウバーザ海賊団です!」
「魚人か……」
 キラーは先ほど読んでいた本にあった“魚人”の記述を思い出す。
 ――人魚と違い、魚人は荒々しい性格の者が多く、その力は魚類の特徴に沿っており、海中ならば人間は到底敵う事が無い――
 そんな思考を読み取ったか、キッドが鼻先で笑った。
「魚人の海賊団なら幾つも潰してきてるだろーが。白兵戦を好まねェ面倒くせェ奴らだが、まァ他愛もねェ……で、“二つ目”は何だ!?」
 そう叫んだと同時に、船のすぐ脇に砲弾が落とされ、大きく飛沫が上がる。
 船も酷く揺れ、見張り台に居たクルーが落ちそうになったが、なんとかしがみついて耐えた。そして今度は船首の方を指差した。

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