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 その口調は相変わらずドライだったが、エースは◆らしいな、と軽く笑って焚き火跡に火をつけてやった。
「パンが焦げるまで戻ってこなかったら、様子見に行ってあげる」
 そんな言葉に見送られたのだが、焦げたパンを食べるのも、素っ裸の状態で助けられるのも避けたかったので、果たしてエースは慎重にかつ素早く水浴びを済ませたのだった。



 無人島を発って数日――その日は朝からシケだった。
 元は一人用の小さな帆船で、高くなってきた波に耐えるのは難しく、ストライカーはその火の動力を最大限にし、なんとか高波を突っ切っていた。
 普段ならば、◆はエースの肩を掴んでストライカーに乗っていたが、荒れた海は非常に揺れる上に、濡れた剥き出しの肩になどとても掴まってはいられない。
 既に何度か危ない思いをしていた◆は、自分の両手首に手錠のようにロープを結び、その垂れた部分をエースの前に下げていた。
 まるで手綱のようなそれを嫌がるかと思いきや、エースはいい案だと云って、
「これは絶対ェ放さねェ」
 と、今も掴んでくれていた。
 風雨で濡れる髪は鬱陶しいし、体も冷えて体力も奪われるが、ストライカーを絶えず動かしているのはエースなので文句は云えない。
 その運転手はと云うと、時折揺れにバランスを崩した◆が思わず抱きついてくることに、最初はニヤついていたものの、さすがに休憩無しでの嵐の海の爆走には疲弊してきており。
 今はただ、黙ってログポースの先、島の影を求めて前を睨むばかりである。
「――エース」
 不意に耳元で◆が声を上げた。
「10時の方角に影が見える。指針もそっちを指してる」
 云われて左に目をやれば、確かに黒い影がうっすらと浮かんでいる。
「ん……真っ直ぐ進んでるつもりだったが、高波に乗ってズレちまったか」
「ごめん、波に煽られてたの気付かなかった」
「こんなシケん中じゃ、進行方向もずっと気にしちゃいられねェさ」
 島の影と針の先を合わせるように、目線に上げられた左腕を、エースは宥めるようにぽんぽん、と撫でた。
「さ、やっと見えたんだ! 早いとこ屋根のあるとこで飯が食いてェし、飛ばすから引っ付いてろよ、◆!」
 そして、そのまま◆の両腕を掴んで取舵を切ると、ストライカーは高波に負けない水しぶきを上げて、島の影へと向かっていくのであった。
「――はァーやれやれ……」
「ご苦労さま……」
 目指した影に到着出来たのは、日が傾き始めた頃だった。
 長時間雨に打たれた事で体は冷え切り、空腹も重なり、とにかく二人は疲労困憊だったが、島には海軍基地が見えていたので、警戒を怠らぬように島の周りを回って観察し、ひと気の無い小さな湾に入る。
 やっと土を踏んだ◆は、自分たちが“男女”に見えぬように、簡易だが男装をする事にした。
 エースにも肌を極力見せないよう服を変えるように云うと、嫌そうな顔をしながらもシャツを羽織り、ロングパンツに履き替えていた。
「とにかく宿でさっとシャワーを浴びて、そんで飯食おう」
 本当はすぐにでも飯屋に駆け込みたいエースだったが、警戒されている区域なら特に、変に目立つような行動は取らないほうが得策だろう。以前までの単独航海であれば、そんな事は考えもしなかったのだが――船長時代を思い出すな、と可笑しくなる。
「寒……はあ、しばらく無人島に居たから、温かくて美味しいものが食べたいな」
 濡れた髪をかき上げながらそう苦笑いする◆を、エースはまじまじと見つめる。
「え、何?」
「イヤ……なんでも無ェ。行こう」
 ――可愛いな。
 なんて云えるわけがない。
 少し寂れたモーテルへ大股で向かいながら、首をブンブンと振る。なんとなく◆を意識するようになってしまった事に、勝手にバツが悪くなっているのだ。
 パシャパシャと水ハネしつつ小走りでついてくる◆を肩越しに見て、エースは小さく溜め息を吐いた。

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