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◆は無意識に口を引き結んでいたことに気付き、深く息を吸った。
「旅しているの、広いうみ……」
母がよくうたっていた――心地良いメロディーの――名もなき歌だ。
それをうたう母の眼差しはいつも優しく、幼い自分を撫でてくれる手がとても温かかったことを覚えている。
「たからもの……さがして」
けれど、いつからだったか――優しくも寂しそうにコンパスを撫でながらうたうようになった。そのコンパスは自分が今首から提げているものだ。
母が亡くなる時に渡された形見。肌身離さず持つように云われた◆は、それ以来首に提げ、外すのは入浴時くらいだ。
ふいにコンパスに触れる。
「笑っていうの、矢印は」
そして、何故だか先ほどのエースの笑顔を思い出せば、うっすらと胸が苦しくなったあとで、ふわりと温かくなる。
エースが探索へ行って戻って来た時間を考えると、この島はそんなに大きくない。ジャングルの奥へ入ってもすぐ出てこられる気がするが、きっと迷っても彼は見つけてくれるだろう。
いつ起きるか分からないけど、と◆は自然と笑みを浮かべていた。
「わたしをみつけて……かあ」
この歌を優しくうたう母の気持ちが少し解ったような気がして、足取りも軽く◆は更に奥へと進んで行くのであった。
「――任務の最終的な狙い?」
◆は塩漬け肉を焚火から離し、酒を飲んでいるエースへ手渡しながら頷く。
予想通り、ジャングルを探索していた◆をエースは追いかけてきてくれた。その後は二人で開けた場所を見つけてベースキャンプとしたのだ。近くには川も流れており、ログが貯まるまで過ごすには良い拠点だ。
開けているとはいえ明かりは焚いた火と夜空の星だけであるが――エースの指先もランプ代わりになる。お互い腕が立つし、野宿でも怖ろしいことは何も無かった。
「一応聞いておこうと思って。最後まで付き合うことになるかは分からないけど」
「そうだなァ……特に“コレ”ってのはオヤジからは云われてねェんだ」
「……決まってないの?」
美味しそうに肉を頬張るエースは、◆に訊き返されると困ったような、気まずいような表情を浮かべた。
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