59
 その手の上に乗っているのは、ガラスの球体の中に指示針が吊られている、少し変わった砂時計のようだが――。
「それって……“エターナルポース”?」
「当たり。まァ、この海に居るんだから知ってるよな」
 “エターナルポース”とは、“ログポース”と同じく、島の磁力によって方角を指し示す道具だが、“記録指針”と違うのは、“永久指針”はその名の通り、“何処へ行っても永久に同じ島を指し続ける”と云うところだ。
 一度島の磁力を記憶させれば、それを忘れる事なく、他の磁力にも影響されない――これもまた、“ログポース”と同じように貴重な代物である。
「さっきの基地でくすねて来たんだ。次の島はこの指針が指してくれる。そこへ向かうんだ」
「なるほどね」
 無計画に海へ飛び出したのではなかったのか、と◆は胸を撫で下ろした。ようやっと、今日のエースの無茶ぶりに納得し、安心してパンも齧れると云うものだ。
「おれが持ち出したのもいずれ知られる。そうしたら奴ら、追ってくるだろ。海上で軍艦対ストライカーなんて、さすがに分が悪ィ……だから、メシ食ったらまた飛ばすからな!」
 ちゃんと食っとけ! と水代わりの酒を飲むエースを見つめながら、◆は知らずに微笑んでいる自分に気付き、首を傾げた。
(……変なの……私、とっても安心してる。政府に追われる身になるって云うのに……)
 理由は何となく思い当たるけれど、今はそれを素直に受け入れる事は出来ない。それがきっと、自分の“プライド”なのだ。
「あ、これ渡しておくな」
 ◆がそんな事を考えながら食べ終えると、不意にエターナルポースを渡された。
「おれの“指針”は◆だ、って云ったからさ」
 ヘヘッと笑ったエースは、そう云って立ち上がり、◆の後ろに広げられた帆を畳む。
「……自分で持っていた方が見やすいんじゃないの?」
「ンな事ねェよ。さ、そろそろ進もう。暗くならねェ内に距離を稼ぎてェ」
 はいはい、と◆が腰を上げる様子を、定位置に立ったエースは肩越しに覗く。
(……“指針”を差し出される時が、結構気に入ってるっつったら怒るかな)
 エースの肩に手を置いて、まるで自転車の二人乗りのようにマストの土台に立つ◆は、航海中に、左腕のログポースの針を見せる際、背中に寄りかかるようにして、腕を前に出してくる。
 そうでないと、エースの目線に指針を合わせられないし、進む方角をきちんと把握出来ないからなのだが、それは◆からエースに接近する唯一の瞬間だった。
 ◆は何も意識していないだろうし、必要だからしている事なのだが、後ろから手を回し、耳元で「もうちょっと左」と云われるのは、正直なところ悪い気はしない。
 会話が途切れたり、走るのがつまらなくなった時に悪戯心で方角をズラすと、必ず◆はエースの肩に体重を乗せ、腕を伸ばしてくる。指針を確認しつつも、その白くて触り心地が良さそうな、スベスベとした腕を何となく見ている事に、◆は全く気付いていないだろう。
(あー……おれ、ちょっと変な事考えてるな。でもあれだ、おれは健全な男子だからな、うん!)
 帽子を深く被り、その下でニヤニヤ笑うエースの後ろで、スタンバイを終えた◆が怪訝そうに首を傾げた。
「エース、さっさと舟出すんでしょ?」
「ッおう! 飛ばすから、ちゃんと掴まっとけよ」
 良からぬ事を考えていたと悟られぬよう、エースは前を向き、ポケットに手を突っ込んだ。
(“エース”……か。名前呼ばれるのって、やっぱいいよなァ……)
 そうして、再びストライカーは水平線の先を目指して動き出すのだった。





- 59 -




←zzz
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -