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「“カッコ悪い”からね」
エースはうぐぐ、と口を引き結んだ。そして徐ろにピッキングを再開する。俯いたせいで横顔が陰り、ハネた黒髪の間からは頬のそばかすが見える。
「…………」
筋が通っている気もするが、どうにもおかしな人だ――と、集中しているエースの黒髪を眺めながら、◆は思う。
任務を完遂させたいのは分かるが、その術の選び方に問題がある。
「隊長としてのプライドを守るために、一人の女を頼ってるわけ」
呆れた声で首を傾げた◆に、エースが慌てて顔を上げた。
「う゛、そっ、そう云われると何も云えねェけど、それだけじゃねェ! ◆と居ると楽しいし、だからおれはっ――」
「あーはいはい…………っもう……ふふふっ」
「――!?」
エースは口をポカンと開けたまま、固まってしまった。
突然吹き出した◆が、そのままくつくつと笑い始めたのだ。眉を下げて目を細め、口元に軽く握った手を当てて、こらえきれないと云う感じで肩を震わせている。
「……あ、あの……◆……?」
ほとんど彼女の仏頂面しか見た事がなく、しかも面白い事を云ったつもりはないので、笑う◆にどうしていいか分からず、狼狽えながら声を掛ける。
笑い慣れていないのか、少し苦しそうに時折むせながら一頻り笑った◆は、呼吸を整える為に息を吐き出すと、エースをじっと見つめた。
「身勝手な海賊のあなたのせいで振り回されて、旅はメチャクチャになって、私にとっては大迷惑……そうね?」
「お、お……そう、だな」
「でも、そんな私のログポースが、あなたの目的達成の頼り……そうでしょう?」
申し訳無い気持ちにさせられる言葉だったが、◆の目はいつもエースを見てくる辛辣な眼差しではなく、至って真剣で、少しだけ笑みを含んでいた。
「ああ……そうだ」
だからエースも真面目に頷く。
「ん、よく解った」
そう云うと、◆は“超極秘”トランクを自分の方に寄せ、エースの手から針金を奪い、腰につけてあった小さなポーチからマイナスドライバーを取り出した。
そして、ほんの少し鍵穴を弄っただけで、トランクの難しい錠前はガチャ! と開錠の音を立てた。
「だったら……いいよ。私、あなたと手を組んであげる」
徐ろにトランクを開き、その中身である“超極秘”書類を手に取ると、それをエースへ差し出す。
「しばらく“海賊潰し”は休業して、私はあなたの――エースの仕事を手伝う事にする。それで海軍を引っ掻き回してやるの!」
◆の一連の言動を、惚けたように口を開いたまま見守っていたエースは、彼女の言葉とは思えない驚くべき決意に、思わず口角を上げた。
「……ッハハハ! いいなそれ!!」
やっぱり面白ェ奴だ! と、あぐらをかいたまま後ろに仰け反って笑う。
「でもいいのか? ◆も海軍に狙われるぞ」
海賊でないにしても、海軍の情報を狙う者は海軍の敵――つまり“政府”の敵となってしまう。
その言葉に、◆は差し出した白い紙束に視線を落とした。
「いいの……ここ最近の出来事でもう目は付けられてたし、きっとそのうちに“犯罪者”にはなってたもの」
海賊と云う無法者の命を奪ったり、全体を壊滅させる事は咎められない。しかし、金品を奪うのはグレーゾーンである。更に“火拳”と行動を共にしていると知られた時点で“危険人物”とマークされたのは分かっている。
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