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「そうか、良かった」
 ニッと笑ったエースを一瞥し、◆は濡れた髪を適当に拭くと、テーブルに置いてあったティーセットで紅茶を淹れた。
 ソファに腰掛けたエースにと、ローテーブルにカップを置き、自分はベッドに上がって、足の傷の手当を始める。少々痕は残りそうだったが、自分は特に気にならない程度だった。
「……」
 その様子をなんとなく見つめ、エースは◆が淹れてくれた紅茶をすすった。
 ――診療所を出て、礼を云われてからも、◆は特に態度を変えたりはしなかった。それはそれで◆らしいと思ったが、もう少し歩み寄れたらなとエースは考えていた。会話がほとんど無い今の状況でも、居心地の悪さは感じていないが……。
 そう云えば、◆の笑顔を見た事がないな、とエースはカップを置き、買ってきた新聞を広げながら思う。
(おれを酔い潰そうって誘った時も、そんなに笑いはしなかったもんなァ)
 普段から、あまり表情を変えない性格なのかもしれないが、やはりもうちょっと可愛げがあってもいいのではと、おせっかいにも思ってしまう。
(……イヤ、おせっかいって云うか……おれが見たいだけか)
 前にも思ったが、◆の外見は申し分無い。歳は同じくらいだと思うが、美人と云う言葉が合う。しかしそれは、◆の突き放すような性格のせいもある気がしていた。もし、こちらに心を許してくれたら、その表情がほころんだのなら。
(カワイイかもな、◆)
 チラ、とベッドの上を盗み見れば、◆は足に四角い布を当てているところだった。シャワー上がりなのもあり、かなり薄着で、その立てられた膝からつま先までのラインに、エースは知らずゴクリ、と唾を飲み込んでしまう。
 それまで特に意識した事が無かったのだが――同室で泊まる、となった時はさすがに動揺したが――怪我の応急処置をしている時でさえ、◆は裸に近い状態にもなっているし、その胸元に薬を塗ったりもしている。あれ、とエースは顔が熱くなるのを感じた。
(何考えてんだ、おれ……イヤ、そりゃまァいい身体してっけどさ……)
 そんな事を思いつつ視線を寄越してくるエースに気付く事なく、◆は足の手当を終え、首に掛けていたコンパスを手に取る。
 それは癖のようなものだった。
 ハンターケース型と呼ばれる、上蓋のついたコンパスは、竜頭を押せば真鍮のそれが開く。親指で押して蓋を開き、他の指でカチ、と音を立てて蓋を閉める。その繰り返しをしながら考え事をするのがいつからか癖になっていた。
 今も、ぼんやりと、ベッド脇に置かれた自分の荷物――得物を眺めて、パカ、カチ、パカ、と繰り返している。
 ――“海賊潰し”か。
 ふ、と口元が動く。
 気付けばそんな渾名が付いていたなあ、と自嘲する。嬉しくもないが、これで他の海賊や海軍に混乱が走ればそれで良かった。◆は“先”の事はあまり考えていない。

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