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「アイツ絶対ェ痛ェのに、おれが“弱虫も泣き虫も大嫌いだ”って云ったら、必死で我慢するんだ、イテェ! イテくねェ! ってよ」
 ◆からはエースの顔は見えないが、そう話す表情は懐かしさを浮かべた“兄”のものなのだろう。兄二人、弟一人の彼らの事は何も知らないし見た事も無いが、◆には弟を気遣う小さなエースが見えるような気がした。
 彼の云う弟も、この背中におんぶされたのだろうか――。
「久しぶりに会いてェなァ」
「……その弟は何処に?」
 海岸近くの道に出ると、海は朝日でキラキラと輝いていて、エースは目を細めた。
「さァなァ……アイツも海賊だから、この海のどっかには居るだろうけど」
「弟も海賊なの」
 兄弟揃ってバカみたい、と心の中で呟いた◆だが、エースは「そんな事より」と前を向いた。
「医者のじいさんにも云われたんだし、宿でゆっくり身体を休めろよ。ログも貯めねェと……ま、ログが貯まってても、おれはそのつもりだったんだ。無理に島を出る事は無ェし、海軍が来たっておれがどうにかする」
 ◆の足がしっかり回復するまではいるからな、とエースは力強く云った。
「……うん」
 変なところで頑固なのは“兄”の顔を持つからなのか、と◆はぼんやり思いながら、背中の温もりに目を閉じた。



 エースと◆はそれから暫くの間、島に滞在した。
 長い事宿泊させて貰った宿の従業員とは、受付担当の男性を通して仲良くなり、外の様子は随時報告して貰っていた。
 エースも服を揃えて変装し、宿を度々出ていた。ストライカーを入り江の奥に隠したり、新聞を買ったりしつつ、町の様子や海の様子を観察し、海軍の到着を待った。
 外の見回りから宿に戻ると、大抵◆はベッドの上でエースの買ってきた新聞を読むか、首から下げた懐中時計のようなものを見つめて、曲名の無い“あの歌”を口ずさんでいた。
 その新聞には毎日のように、エースが――白ひげ海賊団の二番隊隊長が、単独行動中である事、“海賊潰し”の正体についての憶測が書き連ねており、町の住人たちはその記事についての話で持ちきり状態だった。
 数日後に海軍が島に到着してからは、島全体が更に騒がしくなった。
「海軍が来たの?」
 その日、エースが外から帰ってくると、◆はシャワールームから出てくるところだった。走る事はまだ出来ないが、部屋の中なら十分に歩けるようになったので、少しずつ身の回りの事は自分でするようにしていた。云い換えれば、それまでは随分エースに世話を焼かれたのである。
「おう、ただいま戻りました! そうそう、軍艦一隻な。大佐が乗ってたが大したヤツじゃなかったぜ」
 火拳を捕るチャンスなのにな、とつまらなそうに云うエースに◆は肩をすくめる。
「包帯巻き直すだろ?」
 そう云って、新しい包帯を取り出そうとするエースだったが、◆は「いい」と首を振った。
「包帯はもう要らないと思う。平気だから座ってて」
 そろそろ傷も癒えてきて、痛みもあまり感じなくなっていた。それこそ、治療した日は一晩中呻いていたのだが、それももう無い。

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