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エースは恩着せがましい人間ではないだろう。怒っている理由は分かっている――けれど、やはり海賊相手に素直になれない。それに“自分”に気付いているなら尚更だ。
そんな事を悶々と考えてしばらくすると、エースがバスルームから出てきた。◆の方を見る事もなく、そのままソファに横になった。彼も疲れているのだろう。すぐに寝息を立て始めた背中を見つめ、その背中のタトゥーを見つめ――そっと◆も目を閉じた。
――翌日、日の出前。
深夜の騒ぎが嘘のように、街は静まり返っていた。
まだ日が出ておらず、空が白ばみ始めた時間帯と云う事もあるが、遅くまで騒ぎ合っていた住民たちである。そろそろ起き出すとしても、朝刊を配達する新聞屋、朝釣りの漁師などだろう。
痛みのせいで熟睡は出来なかったが、疲労もあって眠りには一応つけた◆は、そんな時間にエースに起こされた。そこでも有無を云わせる事なく、サッと◆をおぶったエースは、宿を出て裏通りに入り、人目につかぬように足早に進んでいった。その間、エースは一言も口にしなかった。
幸い、人の影を見る事もなく寝坊気味の街を外れた二人は、一軒の小さな診療所へと辿りついた。
診療時間まではかなり時間があったが、エースが戸を叩けば、白いヒゲをたくわえ、頭のツルッとした医者であろう老人が出てきた。
迷惑そうな顔をしていたが、話は通っていたのだろう。エースの真剣な顔つきを見てすぐに理解したらしく中へと促してくれた。
早速、◆は診療台に下ろされ、シンとした院内にカチャカチャと云う医療器具の音が響き出す。後から看護婦も作業に加わると、◆の体中の怪我はあっと云う間に治療を終えた。
「じいさん、◆の足は大丈夫なのか?」
いたるところに包帯を巻かれ、キチンと手当てされた◆を見下ろし、エースはドクターに声を掛けた。ここへ来てからほぼ喋らなかったが、ずっとそれを訊きたかったのだろう。そばかすの散ったその顔は酷く心配そうだ。
「ん〜……」
処方箋を選んでいたドクターは老眼鏡を取り、眠たそうにエースを見た。
「んん、応急処置が適切だったんだろう、大事には至ってない。後遺症の心配もない」
その瞬間、盛大な安堵の溜め息と共に、エースはその場にしゃがみこんだ。
「ハァァァ〜……! 良かった……ッ!」
だらりと体の力を抜き、胸を撫で下ろすような様子に、ドクターは目を細めてヒゲを撫でた。
「んん、もしかしたら傷跡が残ってしまうかもしれんが……そんなに目立つものじゃないだろう。一週間は安静にな」
――と云いたいところだが。
そう続け、ドクターは窓の外に険しい視線をやった。
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