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 ◆のカバンの中には、紙の束が三つある。
 一つは入手した手配書の束。もう一つは“目をつけた者”の手配書の束。そして、もう一つ――かなり厚みがあるのは“潰した者”の手配書の束である。
 その“用済みリスト”の中には財宝好きな海賊、殺戮好きな海賊、酒場騒ぎが好きな海賊と、様々な者たちが居た。易々と倒せた海賊の頭も居れば、苦戦を強いられた幹部クルーも居る。
 自分は命を無駄に落としたいわけではない。海賊の為に命を散らせる事が目的ではないから、戦略も練るし、奇襲もかけた。なるべく大勢を相手にせずに少人数のところを襲い、“頭”さえ叩ければと、全滅させる事にはこだわらなかった。
 とは云え、格上の相手が居る大所帯のド真ん中へ、返り討ち覚悟で向かった事もある。思いがけず到底敵わない相手と戦う羽目になった事もある。窮地に立たされるなど、珍しくはなかった。
 ――そう。
(だから、いつもの事だ)
 体のあちこちは痛み、血は止まらない。いくら得物を振るっても一向に敵は減らない。相手は焦らない。
 彼らのやり方なのか、重点的に狙われた◆の足はボロボロで、立っているのもやっとだ。
(やっぱり強いな)
 息が上がり、目がかすむ。意識が朦朧としてきながらも、◆は冷静だった。
 昨日の今日で本調子ではないし、この状況で考えてみても、いつもの自分の力を出せたとて、敵うか敵わないか――判断はつかない。
「オイオイ……おれの船を襲うたァいい度胸した奴だと思ったが、てんで期待はずれの小娘じゃねェか」
 肩を大きく上下させ、カトラスを構える◆に対峙する男――ハルバードは長い斧槍をブンブンと弄び、エースが“人相の悪ィ”と表現した顔を歪ませて笑う。
「おれが居ねェ間に、船の連中をことごとく斬りつけるなんざ汚ェ真似しやがって。朝になって船戻ってみりゃァ……おれァもう、怒りで頭が沸きそうだったんだぜ?」
 ◆はエースをバーに残した数分後には岩場に着き、不意をついた攻撃を仕掛けた。しかし、さすがは船長と共に行動していた者たち。数名に致命傷を与えるも、ハルバードが得物を振るう事も無く、痛みのせいで動きが鈍り、脂汗が浮かぶ――
(追い詰められた……)
 やられる気はしていないが、やれる気も――否、“海賊”への憎悪だけが◆にはあった。勝てるとは思わない、けれど彼らを潰してやりたい。膝が折れそうなほどの痛みに耐える事が出来るのも、その強い思いからだ。
 ハルバードは地面に突き刺した得物にもたれ掛かり、ハァと溜め息をついた。
「だからよ、たっぷりと礼をしてやろうと……この戦斧も、槍も、磨きに磨いて待っていてやったってのに……。なァァ? これじゃァ腹の虫もおさまらねェよ!!」
 語気を荒げ、額に青筋を立てたハルバードは斧槍を引き抜き、それを強く振り下ろした。岩場の欠片が飛び散る。
 こんな小娘にやられた部下たちにも問題はあるがなァ、と肩をすくめながら、顎でクルーを動かせば、◆は完全に囲まれてしまった。

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