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「まァでも、ハルバードも少しは腕が立つ奴だと聞いてる。懸賞金はまずまずだし――酒場に一緒に居たクルーも右腕とかそんなんだろうから、そう簡単にはやられねェと思うけどな」
 そう云って、空になった酒瓶を持って立ち上がったエースは、◆が皿を乗せているワゴンに近付いた。
 ふと見ると、◆がワゴンに手を置いて立ち尽くしている。
「――?」
 そのまま見つめていると、エースの視線に気付かないのか、そっと自分の腕を掴んだ。
「……◆、やっぱ腕痛ェのか?」
 恐る恐る声を掛けると、◆はハッと目を開き、顔を上げる。
「顔色も悪ィし……朝もそうだったけど大丈夫か? 痛むんだろ」
「……気にしないで」
 ◆はそう云うと、カチャカチャとテーブルを片付け、ワゴンを部屋の外へ出す。そして部屋に戻ってくるとベッドへ上がり、中に潜り込んでしまった。
「お、寝るのか、◆」
「……ログが貯まるまで、する事も特に無いし……少し疲れが取れないし。海軍が来ないなら、あなたは好きに遊んでくれば? ハルバードとかと面倒は起こさない程度に」
 枕に突っ伏して、くぐもる声で云えば、エースが「ん〜」と唸る。困ったような表情で悩んでいるのは、見なくても分かる。
「……まァ、おれが部屋に居てもゆっくり休めないだろうしな。ん、おれは町の様子とか、次の島の事とか調べてくる。晩飯はさ、一緒に食おうな。その時間にァ戻ってくるからよ」
 ポスッと帽子を被ったエースは、再びカモフラージュのシャツを羽織り、ルームキーを持って部屋を出て行った。
「…………はあ」
 昨夜の続き――今夜、ハルバードを潰さなければ。
「待ってるなら……応えなくちゃね」
 討つべき相手が自分を迎え撃つ用意をしていると云うのは初めてで、さすがの◆も僅かな恐怖心があった。奇襲で海賊たちを潰してきた今までとは違う。そして――。
(体が思うように動かない……万全で臨むのは無理そう……)
 体のあちこちが痛む。激しく動けば開いてしまいそうな傷もある。“腕が立つ”と云う相手に、自分の攻撃力が心許ないのは重々承知だ。
「だけど……」
 海賊に手を出したのなら、覚悟を決めなければ。
(海賊を甘く見ちゃいけないのは、解ってる)
 ヘラヘラしているエースも、町で見掛けたハルバードも“海賊”なのだ。
(私は、海賊を……この手で潰せるだけ潰す……そう決めたんだから。怖いだの、痛いだの……云ってられない)
 口をキュッと結び、◆は首に掛けていたチェーンを引っ張る。
 服の下に身に付けていたそれは、真鍮で出来たアンティークなコンパスだった。
「…………」
 それをしばらく見つめていた◆は、小さな息を一つ吐き、そっと目を閉じた。

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