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「ヘヘヘ……お嬢ちゃん、一人で来たのは間違いだったなァ……」
 ◆は息を切らしながら、カトラスを構えていた。体が血塗れなのは返り血だけではない――ほとんどが自分の出血だ。
「ハァ……くそ……ッ!」
 悪態をつきつつ目の前の男に斬りかかる。笑っていた男のサーベルをかわし、腹を一気に斬ると、得物を持つ手に血飛沫が掛かる。
「もうっ……!」
 それを腰巻で素早く拭い、顔を上げた途端、足元に短剣がビン! と刺さった。
「船長の不在時に……こんな小娘一人に襲われたと知ったら、おれ達が串刺しになっちまうぜ」
 屈強そうな男がゾロゾロと船から下りてくる。◆は息を整えつつ得物を握りなおす。
 やはりクルーだけでもなかなか強い。見張りの数人を倒したのは良かったのだが、船に乗り込む暇も無く、大勢のクルーが岩場にて迎えてくれたのだ。
 船の中で事を済まさないと騒ぎが起こる――島の住人に目撃されるのも嫌だし、今は通りかかる者も居ない時間だが、朝になれば分からない。発見はなるべく遅い方がいい。
 空も僅かだが白み始め、◆は疲労と焦りでいっぱいになっていた。
「ハァ……ッ……ハァ……」
 朦朧としかかる意識を頭を振って留め、船を見上げる。甲板にはクルー達が岩場に下りている男達に歓声を上げていて、彼らが船の中で割と強い位置に居る事が分かる。
「ははァ……分かったぜ。お前が近頃、海賊を襲ってるって云うアレだな」
「賞金稼ぎとは違うってェ海賊狩りか?」
 図体のデカい男達は顔を見合わせ、ブハハと吹き出した。
「こんな女一人だったのかよ、情けねェなァ! 殺られた奴らはよ」
「いや、でもコイツもなかなかやるじゃねェか。おれ達の仲間も随分と減らされたもんだ」
 そう云った彼らの周りには、数十名のクルーが倒れている。
「おしゃべりは結構。そちらが来ないなら私から行くけど」
 喋っていてくれた方が、体力は僅かに回復するにしても自分は急いでいる。もしこの事がハルバードの耳に届いてここへやってきたら困る。
「おうおう、威勢がイイじゃねェか! なら、おれ達も小娘相手に手は抜かねェぜ?」
「それはどうも……!!」
 傷口の痛みと出血でめまいを覚えながらも、◆はカトラスをひたすらに振るった。
(海賊なんて、大嫌い……!!!)
 ――ただ、その思いだけで。



 宿の入口に姿を見せた◆を見て、受付に居た男がヒッと声を上げた。
 血糊こそ洗い流して服も着替えていたが、血が滲む包帯を見せつつ、ユラユラと薄暗い入口に立つ◆を、この世のものではない何かと思ったのだろう。
「……ハァ……っハァ……っ」
 肩を上下させつつ、◆が部屋番号が刻印されたホテルキーを提示し、小さなカウンターにベリー札を何枚か置くと、従業員の男は何も云わず、コクコクと必死に頷いた。

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