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「貸しがある山賊に、ジジイがおれを預けやがってさ……滅茶苦茶だよな。しばらくガキはおれ一人だったが……ほら、おれに兄弟がいるって話したろ? サボとルフィも一緒に、山賊ンとこに身を寄せて暮らす事になって……」
 自分の生まれを憂いる事は何度もあったけれど、ならば、どう生まれてくれば自分は満足だっただろうか――きっと、満足な出生なんて無い。貴族の生まれであるサボも、孤独を嫌うルフィも、鬼の子である自分も、幼い頃から藻掻いて足掻いてきたのだから。
「悪ガキ三人――生まれは違ェし、おれとルフィなんか最初はすげェ……ハハ、仲悪かったけどなァ。ジャングルとか谷とかで、虎とかワニとか相手に三人で協力して戦いながらさ、傷だらけ泥だらけで。それでも楽しく必死に生きてたんだ」
 十年前の思い出話は、前の島でも少し話した事だったが、その時も今も、エースが思う事は“自分を知ってほしい”というもの。
 あの日々は忘れがたい大切な記憶であり、それを打ち明ける事は、彼にとってとても意義深い事だった。
「アイツらに出逢う前のおれはさ、すげェ荒れてたんだ」
「うん……さっきも……基地でも云ってたね、子供の頃からあばれてた、って」
 トロンとした声が、「小さい頃のエース、そうぞうできる……」と云うので、少しくすぐったい気持ちになり、エースは「だろ?」と笑う。
「でも、アイツらがいてくれたおかげで、おれは自分を見失わずに済んだ」
 グランドライン上の羅針盤のようにぐるぐると、荒波に揉まれる難破船のようにフラフラと。傷つきながらなお、自分の居場所を求めた。嗤う人間を殴ってみても、心が満たされる事も、解放される事もなかったけれど。
「おれは救われたんだ、アイツらに……それに、サボがしんじまったからさ、弱虫な弟を残してしねねェって、おれはしなねェって決めた」
 がむしゃらに強くなって、早く大きくなって、海賊になって、誰よりも自由に生きて。おれの名前を轟かせてやる! そう夢を語る事が出来た時間があったから、今こうして彼女に話せるのだ。そして、それを聞いて欲しいと思う◆という存在も、また稀有なもの。
「◆はずっと独りで、頑張って生きてきたろ」
 初めて出逢った時の、冷たく厳しい表情や突き放した態度や言葉。重傷を負いながらも手当を拒むさまや、ぼうっとコンパスを開いては閉じる姿。
 それを思い出す度、昔の自分を見ているようで、歯痒くて息苦しくなる――
「おれは思うんだ……おれの盃を交わした兄弟みたいに、お前にもそういう奴が居たら――おれがもっと前に、◆に逢えてたらなって……」
(“一人になるのは痛ェのより辛ェ”もんな、ルフィ……)
 エースは息を吸った。
「ッだからさ……もし◆が良ければ、その……オヤジの船に乗って、白ひげの家族にならねェか……?」
 静寂に包まれた部屋に、さざ波の音が微かに届く。
 そして、静かに――健やかな寝息が聴こえた。
「……◆?」
 体を起こしたエースは、隣のベッドをそっと覗き込む。
「はは、寝ちまったか……」
 いつの間に、深い眠りに落ちたその寝顔を見つめながら、起こさぬように、小さく小さく呟いた。
 意を決して口にした、勧誘の言葉が届かなかった事には、ホッとしたような、残念なような。曖昧に口角を上げ、その華奢な肩にシーツを掛け直す。
 今日、彼女が気持ちを明かしてくれたのも、話の途中で寝てしまったのも、きっと酒のせいなのだろう。
「……――ありがとうな、◆」
 エースは再びその言葉を口にした。
 “それ”は、◆が自分の為に怒ってくれた事に対してではなかった。
 ――エースの事は、キライじゃない、から。
(その言葉が、おれは……すごく嬉しかったんだ)
 もう一度◆の寝顔を見つめてから、エースはニッと笑うと、自分のベッドに戻り、今夜はいい夢が見られそうだと――一瞬で眠りにつくのだった。

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