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 二人がモーテルのある界隈に帰ってくる頃には、騒ぎは収まっており、海賊たちの荒々しい声も聞こえなくなっていた。
 尾行の気配も無く、寝込みを襲われる心配も要らないだろう、と判断したエースは、今はツインベッドの片方に寝転がっている。
 ◆はと云えば、強い酒を飲んだ後で走り回ったせいもあってか、かなりくたびれた様子であり。帰るや否やシャワールームへ消えていった。
 明日は朝からいろいろと行動したいが、マインの一味にも気を付けなければならない。海軍の心配も無いならマインを潰してやっても良い、とエースは考えていたが――
「シャワー、先にありがと。どうぞ」
 ほかほかとタオルで髪を拭きながらベッドへと向かって行く彼女は、きっと“それ”を望まないだろう。
 ケンカを売ったのは◆だし、頭には強烈なパンチをお見舞いこそしていたが、“気に入っている”と云った仕事以外で、海賊に今は手を出したくないはずだ。
「そういうとこ“も”、変に律儀なんだよなァ……」
 脱衣所で服を脱ぎ散らかしながらエースは呟く。
 ログポースを貸すと云ったからには、逃げ出す事はしない。自分が決めたからには、仕事を全うしたい。
 海賊は嫌いと云えども、故郷を救われたからには、白ひげの息子を助ける――
 無愛想ながらも、あたたかで確かな信念が、◆にはある。
 それを感じる度、どんどん彼女に惹かれていくのをエースは自覚していた。そして、そんな◆ともいずれ――おそらく近い内に――別れなければならないという事も。
「…………」
 シャワールームへ入り、コックを捻ると頭からお湯を被る。
「……こんな時、二番隊隊長はどうするべきなんだ? 前任者サン」
 モビー・ディック号を留守にしてどのくらい経っただろうか。オヤジの体調も気になるし、“四皇のゴタゴタ”と云うのも気がかりだ。
 眉間に皺を寄せ、前髪の先から落ちていく水滴を見つめる。
 “隊長として”、考えなければならない事は山積みだと云うのに――もうしばらくは、この温かな空間でゆるりと漂っていたいと思ってしまう。そんな考えを振り払うように、ガシャガシャと髪を洗っていくエースであった。
「――お? まだ起きてたのか」
 洗う時同様、乱暴にタオルで髪を拭きつつ、シャワールームから出てきたエースを◆が振り返る。
「もう寝てるもんだと」
「……念の為ね」
「なんだ、見張っててくれたのか。疲れてるのに悪ィな……でももうおれも居るし、大丈夫だ」
 その言葉に頷いた◆は、いつものように手にしていたコンパスをしまい、さっとベッドへ入り込む。それを見届けてから、エースは部屋の灯りを消し、隣のベッドに寝転がった。
 すぐに暗闇に慣れた眼は、シーツに包まった◆の肩と背を見つめる。
「…………◆」
 早く眠りたいだろう彼女の事を解りつつも、気付けば名前を呼んでいた。そして、身じろぎもせずに◆は「ん、」と短い反応を寄越す。
「話しかけてもいいか……?」
 すると、心なしか呆れたような、小さなため息が聴こえた。
「途中で寝ちゃってもいいなら」
 ◆の声は本当に眠たそうだったが、迷惑がっている様子は無いように思える。
 ――寝支度をしてから話すのは初めてだった。
 野宿の時やベッドが並んでいる時は隣り合って眠っていたが、灯りを消したらもう“寝るだけ”という態度な◆に、エースは話しかけようとは思わなかった――聞いて欲しい事は山程あったけれど。
「おれさ……山賊に育てられたんだ」
 唐突に、口をついて出たのは自分の事だった。
「……さんぞく……さんぞくって山の? エースが?」
 眠気もあって、理解が追いつかないらしい◆の反応が面白い。
「あァ。身寄りのねェおれを引き取ったのは、海兵のジジイなんだけどさ」
「なにそれ」
 くすくす、と小さく聞こえる声に胸がぎゅうとなる。
(……おれが“鬼の子”だと知ったら……そんな風に笑ってくれねェよなァ)
 ◆が背を向けていてくれて良かったとエースは思った。今の自分はきっと、とんでもなく複雑な顔をしているだろうから。

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