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「エースの事は、キライじゃない、から」
「…………」
 そのまま◆は悠々たる夜の海に視線を移す。
「始まりはさ、エースに無理やり付き合わされて、グランドラインを走るしかなくて……でも今は自分の意思で手を組んで一緒に居るでしょう。“迷子”を放って一人、行く事も出来るけど……」
 細い左手首にしっかりと着けられたログポースを少し掲げると、
「自分から“組む”って云ったから。全うしたいの」
 それをそっと掴み、腕を下ろした。
 いまだかつて、◆がこんなに素直に自分の気持ちを吐露した事はなかった。彼女はそれに気付いているのだろうか。
 あのラム酒のせいなのか。エースはその、まるで酔っているようには見えない横顔を、ただ静かに見つめる。
「今まで一人で旅をして、海賊の首を狙っていた時は、潰しまわる事に必死で……自分を見失ってた気がする。戦っていないと怖くて、でも戦うほど自分の命もおびやかしてて。私、ずっと自分に追い詰められてた……そう気付いたのは、エースと一緒に戦ったからだと思う」
 海軍を引っ掻き回してやるの! と、告げたいつかの◆の表情は、確かに清々しく、何かから解放されたようにも見えた。
 今もまた、同じような相貌で左腕のログポースを眺めている。
「自分の指針が“どこか”を指したの。何処かは分からないけど針は定まった、それは紛れもなくエースのおかげ――癪だけど! ……だから、何も知らない奴らに、エースの事を悪く云われるのは嫌だった」
 そして、◆は力を抜くように、一つため息を吐いた。
「ねえ、エース」
「……なんだ?」
 真剣に彼女の話を聞いていたエースと、抱えた膝に頬を乗せた◆の視線がぶつかる。
「あなたは怒らないんだね。遊んでるとか女癖がどうのって、事実と全然違うでしょ?」
 その言葉に一瞬目を丸くし、エースは軽く吹き出した。
「そんなの! マッタク、構わねェ!」
 プハハ! と笑う様子に、今度は◆が目を見開く。
「どうでもいい奴らに、おれの事をなんと云われようが構わねェさ」
 肩を揺らしながら、エースは後ろ手をつき、夜空を仰いだ。
 普段ならば夜になってもここは一番明るく、海兵たちが睨みを効かせていただろうが、町の明かりが消えていった事で、基地の周辺はほぼ真っ暗になっていた。ゆえに星がよく見える。
 海軍基地の屋上で、海賊が穏やかに星を眺めているとは奇妙なものだ。
「アイツらの云う通り、確かに船長時代は暴れてたしなー……いや、ガキの頃からそうだったか――ま、だから自分が悪く云われんのはいいんだ、当然だ」
 ルフィと出会って、エースが居ないと困る、他に頼りが居ないと云われる前は、些細な事でも他人に噛み付いていたのだ。“鬼の子”はあの頃、とにかく荒れていた。
「そもそも海賊はフダつき、世間様からすりゃ悪者だろ? 良くは思われねェし噂や憶測ばっかだ。同業者だって、おれが一人だろうが誰と居ようが、人聞き悪ィ事云ってくるさ。ハハ、でも気にならねェ! “高み”ってのはそういうもんだからな」
「……“高み”?」
 首を傾げる◆に、空を仰いだまま頷く。
「ん……でも、おれも◆と同じだな。他の奴が悪く云われんのは我慢ならねェ」
 だからさ、とエースは身体を起こした。
「ありがとう、◆」
 真っ直ぐにそう云えば、◆は目をしばたかせ、どこか気が抜けたようにフフッと微笑んだ。
「……そろそろ宿に戻ろ。マインたちもさすがに諦めただろうから」
「ん、そうだな!」
 エースは勢いをつけて立ち上がると、◆をストライカーに乗せる時のように手を差し出す。◆もまた、それをなんの躊躇いもなく掴み、立ち上がった。
 そうして、二人は――なんとなく手を繋いだまま、宿への帰路につくのだった。

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