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「…………?」
 はて? と、ますますドレークは首を傾げるばかりだ。
 ◆との話は完結している。
 彼女が間者でない事には納得したし、その身の上も聞いている。そして“白猟とのなんたら”──も。その上で、ドレークは◆を信用すると既に決めているのだ。
 クルーたちにその話はせずにいたが、軍艦から◆を連れ戻してきた時のクルーの雰囲気からして、誰も彼女を責めたり疑う者は居ないと感じた。船長の自分が納得し、その態度でいればクルーは察するはずだし、信じてくれるだろうとも。
 しかし、“◆を許してやってくれ”とは。
「おれも疑ってませんよ、船長」
 困惑するドレークをよそに、ホップの脇からライスが割り込み、落ち着いた声を上げる。
 いつの間に集まってきていたのか、気付けばドレークは、食堂に居たクルーらに囲まれてしまっていた。彼らに怒気は感じなかったが、その面持ちはなんとも云えないものだ。
「ど、どうしたんだ、お前たち……?」
 さすがのドレークも少々慌て、自分を取り囲む部下を見回した。
「よく解らないんだが……許してくれとは一体、なんの事なんだ」
「だって……おれは◆のあんな表情、見てられません!」
 顔を上げたホップはどこか悔しそうに声を上げる。
「“あんな表情”?」
「ええ。船長室から出てきた後の◆、酷く傷付いた顔をしてましたよ」
「ッ、なに……?」
 ライスの言葉に、ドレークは思わず目を見開いた。
「そうそう……いつも元気の良いアイツがしょんぼりしちゃってて」
「よほどの叱責を受けたのかと、おれたち話してたんですよ」
「ドレーク船長は普段はお優しいけど、怒るともう獣型並に恐いですもん」
 背後で話すクルーを振り向くと、ウンウンと頷いている。
「もし今日の事で船長が◆をまだ疑っているなら、おれたちが説得しなきゃと。あまり怒らないで欲しいんだって云おうと思ってたんです」
 何故か落ち込んだ様子のホップの肩を叩きながら、ライスが説明してくれる。
「……なるほど……」
 やっと彼らの訴えと、自分のしてしまった事を理解したドレークは、愕然としつつ言葉を押し出す。
 ◆を強く叱ったつもりもなければ、責めたつもりもない。けれど、間違いなく彼女を傷付けたのだ。それは、きっと自分の無意識の態度によるもの。
(部下に指摘されて初めて気付くとは……)
 その態度を生み出した原因が、すぐに思い当たってしまうドレークの表情は酷く苦々しい。
「おれは、◆を疑ってなどいない……話を聞いて納得している、この件は既に解決済みだ。だから、それは安心してくれ」
 ドレークは努めて穏やかにそう云って、ホップを、そしてクルーたちを見回した。
「お前たちの訴えも解った。◆の件は、おれがどうにかする」
「っ良かったァ……!」
 その言葉に安心したのか、ホッと息を吐く彼らに、◆がすっかり仲間として馴染んでいる事を感じ取る。彼女が落ち込んでいる様子を心配し、船長に直談判するほどだ──十中八九、自分のせいであるが故にドレークは複雑になりつつ、それでも彼らを微笑ましく思った。
「お寛ぎのところ失礼しました、おれたち部屋に戻ります」
「ああ……おやすみ」
「◆の事、お願いしますね……!」
 おやすみなさい、と退室していくクルーに次いで、仕込みを終えたコックも出ていく。
 厨房の明かりだけの薄暗い食堂で一人になったドレークは、休憩のためにここへ来たのに、来る前よりも疲れているのではないか? と肩をすくめた。
「……さて、どうしたものか……」
 独りごちながら額を覆うと、眼下の“スレッジ・ハンマー”の水面に橙が映り込む。
「おれは今、情けない顔をしているだろうな」
(◆は自分を慕ってくれるが、とてもじゃないがこんな、今のおれは見せられない。いや、見せたくない、か……)
 その身に恐竜を宿す男は、その逞しい身体を縮こませつつグラスを掴む──それでも“どうにかする”と、クルーに約束したのだから。
 ドレークは“鈍器”を飲み干し、意を決したように立ち上がる。
 海軍本部少将、海賊船船長、そして──。
 肩書を背負って結構な時が経つ。上に立つ者は、いつまでも落ちてはいられない。
 そのままグラスを厨房へ返し、明かりも消してしまうと、テーブルの上の帽子を手に取ってドアへと進む。そして、それを深く被ったドレークは、まさに古代種のリュウの如き足取りで、食堂を出ていくのであった。

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