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 海兵として背負うもの、それは“正義”だ。しかし、◆は海兵である前に小説家――“正義”は必要なかった。
「……」
 ジッとスモーカーに見つめられ、◆は思わず膝に置いた手に視線を落とした。
 すると、視界にティーカップと湯気が入ってきて、顔を上げれば、たしぎが躊躇いがちに紅茶を差し出している。
 ◆はニコリと笑ってそれを受け取ると、心を落ち着かせるように一口飲んだ。
 スモーカーはその間に、葉巻を手にとって灰を落とす。そして再び、二本を口に咥えた。
「んで、よくよくお前に問いただしてみりゃァ、“自分は海軍モノの小説が書きたいから潜り込んだ小説家だ”とか云い出しやがった。通常は本部に通報、即刻除隊処分だが、執筆の為に潜入して実力でここまで来るのも大したモンだと思ってな。おれは面白ェと、お前を昇格させる為に動いた。その方が“中枢”に行く事も、知れる事も多いと思った」
「その事に関しては本当に感謝してます。配属当初は一等兵だった私が、最終的には“准尉”までになれたもの」
 カチャ、とティーカップを置き、◆は肩をすくめる。
 “准尉”ではまだ“将校”には充たないものの、◆が海軍に居る間に“大尉”から“大佐”に昇格を遂げたスモーカーの計らいにより、◆は色々なところへ行き、色々な体験をし、様々な海軍の姿を見る事が出来たのだ。これが執筆に大いに役立っているのは云うまでも無い。
 たしぎも紅茶を啜りながら、うんうんと頷いた。
「私は◆さんと同い年だから焦ったものです。最初は私が“伍長”で少し上だったのに、◆さんはどんどん昇格して」
 しかし、それで毎日に張り合いが出ていたのも事実で、たしぎは笑う。
「でも楽しかったです。訓練や海賊の拿捕、町の見回りとか……スモーカーさんの部隊には全然女性が居ないものですから」
「そう云えば、たしぎも昇格したんでしょう。“大尉”? “大佐”?」
「そっそそそそんなっ、恐れ多いですっ! やっとの思いで“少尉”になれたんですからっ!」
「凄いじゃない、たしぎが“海軍将校”の仲間入りなんて!」
「――お前ら、話をしてるのはおれだぜ」
 キャッキャッと会話をしているところに低い声が響き、◆とたしぎは互いに顔を見合わせる。
 呆れたように煙が上がるのを見やれば、二人はクスクスと笑った。
「まァ、ともかく……お前は本を一冊書き上げて、海軍本部を飛び出し――今に至る訳だ」
「聞いてますよ。“ドレーク海賊団”に今はいらっしゃるとか……」
 海兵から海賊へ、海賊から海兵へと転身する者も少なくないが、◆に関してはたしぎはそれ程驚かなかった。話を耳にした時に思い出したのは、口癖のように“海が好きだ”と云っていた海兵時代の◆だ。それを思えば海賊にだってなってもおかしくない気がしてしまう。
「今じゃ敵同士ね……でも、たしぎは海兵時代の大事な友達だから」
 それは◆の本心だった。
 海軍を出て政府の監視下に置かれた事により、コソコソと生活するのを余儀なくされたものだから、なかなか人と親しくなれない。それに、同じところに留まる事も出来ない放浪小説家には友達も出来なかった。
 そんな◆にとって、たしぎは――口を開けば名刀の話、眼鏡を忘れて全く違う人に声を掛け、何も無い所で躓くけれど――大好きで貴重な友人であった。
 ◆の言葉に、たしぎは微笑み、少しだけ表情を引き締める。

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