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 後ずさりをするも、ソファの肘かけまで来てしまうともう逃げられない。ここで一発殴ろうとしても、彼は煙なのだ。
 そして、スモーカーの息が◆の唇にかかった――。
「スモーカーさん! ◆さんっ!?」
 その時、部屋のドアが勢い良く開け放たれ、黒髪眼鏡の女が叫びながら飛び込んできた。
「――た、しぎ……!?」
 もはやスモーカーとの距離が五センチも無い◆が、ドアの方へ向かってその名を呼ぶと、ズレた眼鏡を直しながら女はソファへと顔を向ける。
「へっ? あ! ◆さん――と、スモーカーさ……えッ? えええええッ……!?」
 ニブイ彼女でも、目の前の状況を理解したようで、徐々にその目が丸くなり、顔が赤くなっていった。
 素晴らしいタイミングで入って来た部下に、スモーカーは大きく溜め息を吐くと、やれやれと◆から離れて立ち上がる。
「たしぎ……ノックをしろとなんべん云やァ分かるんだ、てめェはァ!」
「すっすみませんッスモーカーさんッッ!! ◆さんがいらしていると耳にして、つい……」
 呆れながら説教をするスモーカーと、ペコペコと頭を下げて謝るたしぎ。
「ふふっ……」
 昔によく見た光景だなと懐かしくなり、今さっきの出来事など忘れたかのように、◆は思わず吹き出していた。
 すると、その声に二人が同時にこちらを向く。
「たしぎも変わらず元気そう」
 そう笑いかければ、たしぎはソファに駆け寄り、嬉しそうに微笑んだ。
「お久しぶりですっ……◆さん!」
 久々に逢う旧友に、互いに胸がいっぱいになる。
 そんな微笑み合っている二人を見ると、スモーカーは肩をすくめながら◆の向かいのソファにドカッと腰掛けた。
「ったく……たしぎ、お前も座れ」
「――! は、はいっ」
 そう促され、たしぎは何処に座ろうか一瞬迷い、結局自分の上司の隣に腰を下ろした。
 ローテーブルには簡単な応接セットがあり、たしぎがお茶の用意をし始めると、スモーカーは葉巻を取り出して火をつけ、口を開いた。
「ここにお前を連れて来たのは捕まえるわけでも、元将校サンを誘き出すわけでも無ェ……“知っていること”について訊きてェからだ」
「私の……知っていること?」
 スモーカーは小首を傾げた◆を一瞥すると、背もたれに寄り掛かり、天井に向かって大きく煙を吐く。そして宙を仰いだまま話し出した。
「お前が海軍に入隊したのは五年前だったな――“東の海”の海軍支部で雑用から始め、めきめきと昇格……それが評価され、海軍本部に呼ばれたと同時に『ローグタウン』への配属が決まり、おれの部下となった、と」
 ◆は、自分の経歴を語ることにどんな意味があるのか分からず、曖昧に頷いた。
 たった三年間しか居なかった海軍である。そんなことを話してどうするのだろう、と云う思いが表情に出ていたのか、スモーカーは「まァ聞け」と続ける。
「ローグタウンでの働きは、おれに対しては生意気だったが仕事に対しちゃァ堅実で確実だった。人一倍出世欲があって、海賊が港に現れりゃァ飛び出して行く……だが、お前には当初から違和を感じてた。通常の海兵ってのは少なからず“背負うもの”を持つはずだが、お前にはそれが無ェんだとおれは気付いた」

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