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 船の上でも海兵たちがせっせと仕事に励んでいたが、◆の姿に気付くと、不思議そうに、そして惚れ惚れと視線を寄こしてきた。が、次の瞬間にはスモーカーの視線に気付き、慌てて目を反らすと仕事の続きに精を出す。
 ◆はそんな遠巻きな視線に見送られ、船内へと足を踏み入れた。
「――入れ」
 そう云われて通されたのはスモーカーの部屋らしい。
 ソファとテーブルと仕事机があり、その上には山のように書類が積み重なっている。ほとんどが手配書や海賊の情報が載った報告書なのだろう。
「船の中でも、部屋は昔と変わらないみたいですね」
 ソファへ促された◆は、部屋をぐるりと見渡しつつ腰掛けた。配置や置いているものは違うが、ローグタウンの執務室もこんな感じだったと思う。
 葉巻の煙が消えずに、ほんの少しモヤがかった部屋。乱雑に積み上げられ、今にも倒れそうな書類タワー。精神統一の為の積み石が転がっているローテーブル。
「片付ける暇も無ェくらいに忙しいっつーこった。海賊様のおかげでな」
 スモーカーは煙を吐き出し、肩をすくめる。
 そんな嫌味を聞き流しながら、◆が入隊当時の事を思い出していると、ふと良からぬ記憶が頭を掠めた。
 執務室へ訪れる事は、当時は日常茶飯であったが、◆は大抵その度にスモーカーに迫られていた――◆自身はセクハラとは違うと思っていたし、少し困る程度だったのだが、今思い出すとなんとなく緊張してしまう。
 それを◆の表情から感じ取ったのか、スモーカーは口角を上げた。そして咥えていた葉巻をテーブルの灰皿に置くと、◆の座るソファへ膝を落として、背もたれに腕を置く。
「◆……お前は元々キレーな顔してたが、見ねェ内に更にイイ女になってるよなァ……?」
 膝が沈み、キシッとソファが小さく悲鳴を上げた。
「なっ……た、大佐……ッ!」
 焦る◆の様子が可笑しいのか、それとも確信犯か、スモーカーはわざとらしく笑いながら、ゆっくりと近付いてくる。
「大佐じゃねェっつってんだろう」
 スモーカーは強面だが、男前だ。そのぶっきらぼうさと有り余る厳しさが無ければ、女性のファンは多いはずである――いや、隠れたファンは居るはずだ。きっとスモーカーに云い寄られても悪い気はしない者ばかりだろう。
 そんな男が迫って来ているのだ。さすがの◆の心臓もバクバクと脈打ってしまう。
「フン、可愛いじゃねェか。“堕ちた海軍将校”で頭がいっぱいでも、こう迫られたら逃げられねェよなァ、◆?」
「ちが、う……!!」
 顔が赤いのは自分でも分かり過ぎるほどで、それがまた恥ずかしい。そしてそれでまた酷く動揺する自分も恥ずかしいし、情けない。悔しい。
 そんな自分の中での葛藤を繰り広げている間に、スモーカーの葉巻の香りが一層強くなった。見かけによらず柔らかな煙色の髪がふわりと揺れると、黒い手袋をはめたゴツゴツした手が◆の顎にそっと触れる。

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