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「……あれ……?」
 沢山の種類の豆の香りを嗅いでいたせいだろうか、ふと香りが分からなくなってしまった。
 スン、と鼻を啜り、今充満している香りに集中する。
「……?」
 何故だろうか、この香りは懐かしい。コーヒーの香りではなく、どこか嗅ぎ慣れた――
「――ッ!!」
 と、思い切り後ろを振り返ったので、引き出しの中の豆がザアッと音を立てた。
 そして、その香りの正体を知る。
「ッ、スモーカー、大佐……!?」
 息を飲んで見つめる先には白い煙――否、“白猟”と呼ばれる海軍の男・スモーカーが立っていた。大きな十手を背負い、仏頂面で咥えた二本の葉巻からは、白い煙がもやもやと踊っている。
「久しぶりだな、◆」
 泣く子も黙る強面の表情は、少し不敵な笑みを浮かべた。
「気付かなかった……いつの間に!」
「余程集中してたんだろう。まァ気付かなくても無理はねェ、ドアの隙間から入ったんでベルも鳴ってねェしな」
 それで、店主もスモーカーが入って来た事に気付いていない訳だ。その背中を一瞥してから、スモーカーは、あァと思い出したように◆を見下ろす。
「一応云っておくが、おれはもう“大佐”じゃねェ。“准将”だ」
 スモーカーが昇進した事に驚きはしなかったが、◆は久しぶりに対面し、昔よりもずっと増した威圧感を前に顔を強張らせた。
「……それは失礼を……スモーカー、准将」
 元から地位など気にする男でも無かったと思ったが、新聞でスモーカーが“麦わら”を取り逃がした事は知っている。彼が昇進したのも“麦わら”を捕まえる為なのだろうとなんとなく予想出来て、◆は何も云わなかった。
 ◆のそんな様子に、スモーカーはフン、と鼻をならす。
「お前もドレーク元少将と同じく堕ちたみてェだな、驚いたぜ」
 イヤミな響きはしなかったものの、その言葉に◆はムッと顔を顰めた。
「私は元から海軍の正義を背負ってないもの。執筆の取材の為に海軍に潜り込んだ小説家です。取材の必要が無くなって辞めた、それで海賊になったって別にいいでしょう? 堕ちたって云われたって構わないけど――ドレーク船長を悪く云うのはやめて下さい」
 一気に云い終えた◆は吐き出した分、深く息を吸い込む。
「……そう怒るな。おれはお前を評価してたんだと云いてェだけだ」
 スモーカーは尚も仏頂面で掴めない表情だったが、この会話を楽しんでいるようにも見えた。
「ったく、大人しく仕事してりゃァ“准将”だってお前なら就けるんだ。“東の海”の支部育ちが、いっちょまえにおれの下へ来たと思ったら、一冊ブッ飛んだ本を書いて辞めるっつって、それで海賊になっちまうとはな」
 天才サンの考えは解らねェと首をコキ、と鳴らしながら煙を吐き出す。

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