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 コーヒー豆の香りを嗅ぎ過ぎて、若干気分を悪くしているようだったが、気にするなとホップは路地へと入ろうとした。
 その時だ。
「――何だ……?」
 三人の後方、町の中心部の方がにわかに騒がしくなった。
「…………?」
 同時に足を止めた三人だったが、後方、そして互いへと視線を移す。
「……◆は先に店に入っていてくれるか? おれたちは何が起きたのか確認してくる」
「え、でも――」
 自分も行く、と云いかけた◆だったが、ライスに軽く背中を叩かれた。
「すぐに戻って来るさ。それより、ドレーク船長に淹れて差し上げるコーヒー豆、選んでおけよ。あまり遅くなると船長も心配するからさ」
 そう云われ、◆は困ったように笑いながら頷く。
「用心して、店からは出るなよ!」
 来た道を走って行った二人を最後まで見送らずに、◆はすぐに路地へ入り、店のドアを開けた。
 カラン、と小気味良いベルの音が、静かな店内に響く。
 外から見たのと同じく中も狭かったが、◆以外に客はおらず、店主さえも姿が見えない。
「外は“OPEN”になってたんだけど……」
 チラ、とドアに掛けられた看板に目をやっていると、店の奥でもそりと何かが動いた。
「……あァ、お客さんかい? 今ちょっと手が放せなくてな、好きに見てておくれ」
 しゃがれた声が聞こえてきて、白髪頭の老人が顔を覗かせた。
「おやまあ、こりゃあ別嬪さんがおいでになったもんだ! はっはっは、ゆっくりしてってくれ。ウチは狭苦しい店だが、種類は沢山あるよ。それに仕入れには拘っとるんだ。新鮮な豆があるからなァ」
 ウチの店が続く秘訣さと老人は笑い、また作業へと顔を引っ込めた。
「ありがとう、好きに見てます」
 忙しそうな店主に声援を送り、店主の言葉に顔を綻ばせた。これなら、ドレークへ淹れるものも決まるかもしれない。
 先程の騒ぎの事も忘れ、◆は意気揚々と壁際の棚に近付き、手近な棚から香りを確かめていく。
 狭い店内の壁には小さな引き出しが収まっていて、そこに豆の名前や特徴などが書かれている。
「見た事無いものばかり……」
 それにどれも香りが良い。店主が傍に居るのなら、カウンターにあるミルで挽いて飲んでみたいのだが、好きにと云われても、さすがにそれは出来ない。
「んん〜……」
 とりあえずは、とあちこちを引っ張り出しては嗅いでみて、豆選びに熱中する。
「あ、これはいいかも――」
 ふと手に取った引き出しに鼻を近付けてみる。

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