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 そんなドレークの胸の内には、安堵の溜息が充満していた。キュッとぎこちなく上げられていた、彼女の唇を思い出すだけでも、心臓に悪く感じるのだから。
(おれもまだまだ未熟だな)
 海兵時代には、己を律する事を学んだ。この身を海賊に堕とすと決めてからは、そこから更に冷徹に、大海賊時代たるグランドラインを進んできたのだ。
 ――それがどうだろう。
 今や、一人の女に狂わされているとは。
(だが、一番度し難いのは――)
「◆、あちらを向いて、おれがいいと云うまで目を閉じていてくれ」
「え、目……?」
 頭の上にクエスチョンを浮かべつつも、素直に海の方を向き、瞼を閉じる彼女に、そっと近付く。
(“それでもいい”と思っている、おれ自身だ)
「――さあ、もういいぞ」
 その低い声は、肩に手を置くかのように優しく触れ、離れていき。代わりに風が心地よく耳を撫ぜ、◆の髪を梳く。
 その間、感じた軽い重みと、金属の微かな冷たい感触。
「…………船長、これは……?」
「おれからお前へ、贈り物だ」
 目を開いて胸元を見下ろすと、そこにはふんわりとしたオレンジ色の石が下がっていた。
「橙を好むと云っていたが、どうだ?」
 至ってシンプルな首飾りだが、金具の装飾は上品に控え、石は美しいカーブを描く。その輝きは、浜辺で揺れるパウダーサンドのように、穏やかで心地良い。
 どう見ても一級品であろうそれに目を奪われるも、◆は “ここ”に掛けて貰う理由が思い当たらず、ドレークを振り返る。
「橙色は、……その、もちろん好きです。でも、どうして……?」
 彼女の背後から一歩下がり、隣へ立ったドレークは、真剣な眼差しで――むしろ怒っているかのように――◆を見つめた。
「それは今回の詫びや、ご機嫌取りじゃない。受け取って欲しいのは、ただの、おれのエゴだ」
 凛とした低い声は、彼の真摯さを表すかのようで。
 しかし、それでも腑に落ちない。
「そんな事云われても……! 私、こんな素敵なものを頂けるような事はしていないでしょう? こちらがお詫びしたいくらいだし、それに“エゴ”って……受け取れませんよ、船長」
 戸惑って詰め寄る◆から、視線を外したドレークは、何故か「ふっ」と小さく吹き出した。
「お前はそう云うだろうな」
 くっく、と口元に手をやる様子に、◆は首を傾げる。
「なら、正直に云おう――おれが贈ったものを、お前に身につけて欲しい。それだけだ」
「――! ……っそれは、……」
 突然なんのてらいもなく、そんな言葉を放たれては、さすがに◆も息を呑み、顔を赤くしてしまった。
「貰ってくれるか?」
「良いんですか……?」
「頼む」
 そう云われては断れまい。
「っでは……有り難く頂戴致します!!」
 もはや「陛下!」と呼び出しそうな口ぶりで、カーテシーのごとく膝を折り、腰を落とす。
 そんな大仰な様子の◆に、腰の得物に肘を掛けたドレークは、困ったように眉を下げ、静かに笑った。

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