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「あ……そうじゃない……! いや、話はあるが、此処へ連れてきた事に深い意味は無いんだ。おれはお前の笑顔が見たくてだな? ◆が酷く傷付いた顔をしていたと、クルーに云われ……ああ違う、責められたから謝るわけじゃないぞ……!」
「謝る、私に……? 私のせいで責められて……??」
 まったく、焦ると碌な事がない。
 解っているのに、アワアワと余計な事まで口走ってしまう。そもそも、焦ったとて元海軍将校、冷静に話せるのだ――おれは愚か者か、と額に手をやる。
 そうして可哀想に、◆の顔はみるみるうちに青ざめていくのだから。
「……んん、すまない。こういう話し方は良くないな」
 これ以上、弁明しようとしたところで、彼女を混乱させるだけだと、観念したように一つ息を吐いた。
「“白猟”に……スモーカーに嫉妬したんだ、おれは」
「……え? スモーカー、准将……?」
「そうだ。だから、昨日……お前と話していて、つらく当たってしまった。それを謝りたかったんだ」
 話の展開に頭が追いつかないのだろう、◆はきのう、と呟き、ドレークを見つめている。
 彼女の呆けた表情は見たことがなく、けれども、それに浮かれている場合ではない。
 美しいアイラインから目をそらし、水平線を見やるドレークは、マスクと帽子の影からどこか不機嫌そうな、渋い表情を覗かせた。
「何故だろうな、おれが知らないのに、白猟が知る“◆”がいる事が、無性に腹立たしかった。同じ海軍本部に居たと云うのに、おれはお前を知らなかった……それが口惜しいと云うのか、恨めしいと云うのか、合う言葉が見つからないが」
 フフ、と息を漏らすと、◆へと視線を戻す。
「おれがした事は、お前への八つ当たりと同じだ。大人げない態度をとって、すまなかった」
 真っ直ぐにその瞳を向けたドレークは、やっと彼らしい、落ち着いた声でそう告げた。
 潮風が彼の帽子の羽を揺らし、マントがはためく。
「…………本当、思っていた通りの人ですね。貴方は」
 その風に、柔らかい髪を撫でられた◆は、手で押さえながら頷いた。
「だから私――」
「幻滅したか?」
「……船長に? まさか!」
 目を見開き、力強く否定してくれる様子に、ドレークはなんだか可笑しくなり、ゆっくりと帽子を手に取る。
「そうか……良かった」
「私こそ、“白猟”と繋がりがある事を明かさずにいたから……驚かせてごめんなさい」
 ◆は件の男を二つ名で呼んだが、その事に気付かないドレークではなかった。むしろ、彼女は“敢えて”そう口にしたのだと、自惚れてもいいだろうか。
(或いは……気を遣われているだけか)
 ぽす、と帽子を被り直し、首を振った。
「お前が謝る事はない。おれの器が小さかったんだ。冷静に受け止められず、不甲斐ない」
「もう、頑固な船長……でも、そうね……昨日の船長は確かに、うん。少し、怖かったから」
 そういう事にしておきましょう、と自然にこぼされる笑みに、同じく笑みを返す。

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