12/02/21〜12/07/02
キラー

スプーンと角砂糖



「ふーっ! 終わったあ!」
 洗濯当番の仕事を終え、私は所狭しとロープに括りつけられた洗濯物達を眺めた。潮風に優雅になびいているのは男共の服や下着だけれど、青空の下で仕事を終えた後は見ていて気持ちが良い。
 使い終えた洗濯かごは全部重ねて隅に置き、ぽかぽかとしたデッキにそのまま腰を下ろした。
「終わったのか」
 お疲れ、とキラーがデッキに顔を出す。私の隣に座り、持っていたトレーを差し出してきた。トレーにはコーヒーの入ったマグカップが乗っている。
「ありがとう、キラー!」
 洗濯作業のせいでかじかんでいた手には、熱いマグがちょうど良く感じられた。
「ミルクと砂糖もあるからな」
「ふふっ、やった」
 ミルクポットとシュガーポットも差し出され、ニヤニヤと笑う。
 私はミルクと砂糖をたっぷり入れたカフェオレが好きなのだが、あまり使うとコックに怒られるので、食堂では自重するようにしていた。けれど、キラーはそれをよく知っていて、こうしてコッソリ持ち出してきてくれる。
 ミルクと砂糖をこれでもかとドボドボ入れていると、隣でキラーが、くくっと笑った。
「どうしたの?」
「いや、溢れんばかりに入れているからな……それに、お前があまりにも嬉しそうだから、ついな」
 カチャカチャとかき混ぜたスプーンを口にくわえれば、とっておきの甘さが広がっていく。
「だって美味しいんだもの。キラーも飲んでみる?」
「遠慮しておこう。甘いものは嫌いではないが、そういった類の飲み物は好かないんだ」
 肩をすくめたキラーに「勿体無いなあ」と云いながら、私はズズッとマグを啜る。
「美味しいいいいい! この甘さ! 是非キラーに飲んで貰いたい!」
「遠慮する」
 キラーが断るのは彼がカフェオレが苦手と云う理由だけでなく、“この状態”では飲む事が出来ないからだ。船でも仮面を外さないから、ストローつきの飲み物をいつも貰っているのだ。
 ここで仮面を外す筈もないので、無理強いせずに自分で飲む。しかし、ふとある考えが過ぎり、マグカップをデッキに置いた。
「ねえ、キラー」
「何だ?」
「キスしない?」
 波が船にぶつかる音、クルー達の笑い声、帆が風にあおられる音が続く。なのにデッキだけは、シンと静まり返る。キラーはゆっくりこちらを向いた。
「……聞き間違いか? 今、」
「キスしないかって云ったの!」
「……遠慮しておく」
 キラーは少し考えて、首を振った。
「例えクルーの前であっても外せないからな、これは」
 こちらの真意に気付いたらしく、不敵に笑う声がする。
「そう、残念……」
 大げさに溜め息を吐いてみせ、残りのカフェオレを飲み干す。
 キラーはそんな私の頭を撫でると、ミルクと砂糖を片付ける為にか立ち上がった。
「夜なら」
「え?」
 降ってきた声に顔を上げる。キラーの立つ位置にちょうど太陽があって眩しい。
「夜ならいいぞ」
 そう短く云って、キラーはトレーを手にデッキを降りて行ってしまった。
「……夜、えっ……」
 キラーの素顔が見たいのか、キスがしたいのか。どちらが真意だったか分からなくなっているけど――行ってやろうじゃないの。
 冷静を装ってはいるけれど、実はどちらも頭の中はパニックだと云う事は、今夜互いに知る事となる。









 Fin.









→→→→→
 他のお題で書いたり他の相手で書いたり……もう何回も書き直しました。それでしっくり来るのが出来ると凄く嬉しいですね。これも上手い事いったのでヨッシャ! と云う感じです。
 仮面を外す事なく食事をすると公式で明かされましたので、それ前提で書いてみました。温かい飲み物飲めないじゃん!
 この続きを是非! と云うコメントを沢山頂いたので短篇で書きたいなと思っています。計算されていない駆け引きって可愛い。
 拍手&コメント、どうもありがとうございました!

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