星影にのびた影
「――鷹の目じゃん。来てたの」
 ここは常夏の無人島。そして今は赤髪海賊団の滞在地である。
 辺りが闇に包まれれば、火をおこして宴が始まり――やれ酒だやれ音楽だと、騒がしく楽しんでいる四皇の一角と幹部、そのクルーたち。
 宴の中心から少し歩いた浜辺でグラスを傾けていた◆は、その気配に振り向き、近付いてきたミホークを見上げる。
「お頭はあっちに居るよ」
 云わなくても分かる盛り上がりようだが、◆は黙っているミホークに首で示してやる。しかし、彼は背の黒刀を外し、そのまま◆の隣へ座した。
「……ほんっとに、鷹の目ってお頭相手じゃないとほとんど喋らないよねえ」
「そんな事はない」
 帽子を取ったミホークが、どこに持っていたのかグラスを突き出すので、◆は肩をすくめ、傍らに差しておいた酒を注ぐ。
「やかましいのは嫌いそうだけど、ウチの宴によく来るね。お頭が呼んでんの?」
「それもある」
 ハァ、と◆は溜め息を吐いた。
「私、一人で気持ち良くお酒飲んでたんだけどなあ。隣で飲むならせめて楽しく会話してよ」
「会話しているだろう」
「これはただの言葉のやり取り。私は“楽しく”って云ってんの」
 ミホークが酒を静かに呷る様子を、◆は夜空を見上げる視界の端で窺う。
(何で私のとこに来るのかなあ。いつもじゃないけど……お頭がベロベロに酔ってて面倒臭い時とか? あ、“酒の相手”って事?)
 それにしても人選ミスだ、と足元の砂をサンダルで蹴った。
「ウチには綺麗なオネエサンとか居ないし、仕方なく私で妥協?」
「……何の話だ」
「目の保養にもならずにすいませんねえ」
 何だか卑屈になった◆は、グラスの酒を一気に喉に流し込んだ。
「今夜は明るい」
 はい? とミホークの言葉を聞き返す。
 宴のかがり火の明かりはこちらには届かない。けれど、◆はランプを持ってきていなかった。それは――星影があるからだ。
「星が明るい」
「……まあ、そうだね」
 星がひしめく夜の空。明かりなど必要無いくらいに、浜辺の白砂がきらきらと光り、昼間とはまた違う輪郭を浮かべる。それは木々も水平線も、そして人も。
「ぬしの顔もよく見える」
 空を見上げていた鋭い瞳が、ふいに◆を振り返った。
「……鷹の目もね」
 一瞬ドキリとしてしまったのを誤魔化すように酒を注ぐ。
「おれは、ぬしと酒が飲みたい。その為にここへ来たのだ」
 何かと勘違いするな、と少し眉間に皺を寄せたミホークが云った。
「……楽しく会話も出来ないくせに?」
 憎まれ口を叩けば、ミホークはハハハと笑った。
「珍しい、鷹の目も声あげて笑うんだね」
 お頭と居る時でも滅多に笑わないのに――◆が目を丸くしていると、再びグラスを突き出される。
「あのさあ、お酒ぐらい自分で注いでよ。遊女のお酌じゃないんだから」
「ぬしが注いだ酒は美味い」
 何だそりゃと思いつつ、ビンを取る自分もどうかしてるわ、と◆が注ごうとすると、ミホークが「違う」とそれを止める。
「何か? ご不満ですか、お客さん」
 怪訝な声を上げた◆だったが、ビンを持った腕を引っ張られて、トンッとミホークの肩により掛かる態勢になる。
「……――何これ」
「このまま、だ」
「やだよ、これじゃ本当に遊女みたいじゃん」
 お客にしなだれ掛かって酌をする――陸の酒場にはそんな女たちが沢山居るし、それをよく目にしている。それが悪いとは思わない、そういう商売だ。けれど自分は海賊で。
「“遊女”ではない。“◆”に頼んでいるのだ」
「――!」
(名前、呼ばれた)
 いつも、ぬし、としか呼ばれない為、◆は自分の名前を知っている事に驚く。
「おれは、◆と酒が飲みたい。◆の注いだ酒を、◆とこうしながら、な」
 ミホークはビンを持つ◆の手を掴むと、自分のグラスへ酒を注がせた。
「それが、おれの一番楽しい酒の飲み方だ」
 “鷹の目”が星影でより一層強い光を持つ。覇気こそ纏わぬその雰囲気に、◆は悔しくも息を飲む。
「……わ、私の……意思は無視、なの」
 なんとかそう訊ねれば、ミホークはまたハハハと笑った。
「◆は楽しくないのか」
(また名前……やめてよ……!)
「た、楽しくないって事も、ないけど……」
 静かに飲むのも好きだし――とモゴモゴ答え、◆はミホークの肩へ頭を預ける。
「はあ……気に入らない」
「そう云うな」
 初めて聞く上機嫌なミホークの声を肌で感じながら、注いでもらった酒に口をつけた。
「…………ミホークの注いだお酒も美味しいじゃん」
「――フフ。さすが、赤髪の船に居るだけある」
 口が達者な事だ、と髪を優しく撫でられた◆は、「あーあ」とぼやいて目を閉じた。
 今夜のひと際輝く星影は、二人の影を一つにしていった。



 END.













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 普段書くヒロインとは違う感じになりました。なんてったって赤髪さんトコの子です。
 このお話は特に何も考えずすんなり書けました。オチとか一切考えてなくて、気付いたらこんな感じに。こういうヒロインも書いてて楽しいです。ミホークがヒロイン目当てに宴に来てたら可愛いと思いました。それを知ってるけどあえて指摘しないお頭もいいな。
 私の中での赤髪さんは「ここのサイト様の!」と云うイメージがあるので自分では書けませんが、ミホークだとこうして絡められるので楽しいですね。全く出てませんけど。

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