微睡む誰そ彼
 午前中の海は、ぽかぽかと晴れていて、気持ちの良い青空だった――が。
「こんな大雨、久しぶりだね」
「あっと云う間に嵐だな」
 夕闇が辺りを黒に染めていく頃、ぶ厚い雨雲が航海士の予想を裏切った。船はグラグラと激しく揺れる。
「……」
 沈黙が部屋を漂う。
 ここは船室だから窓は無いが、外ではきっと稲妻が光っている。
「――何だ?」
 キラーは、じっと自分を見つめていた◆に気付いて顔を上げた。
「ん? 私の部屋にキラーが居るのが珍しいなと思って」
 二人が居るのは、◆の一人部屋である。
 この船で紅一点である◆は一人部屋を宛がわれていたが、ここに誰かと二人きりになる事は殆ど無い。時々、酒を手にしたキッドが転がり込んで来ると云うのがあるくらいだ。
「……そうだな。迷惑だったか?」
「そんなわけ無いでしょ。でも、嵐になってから来たから雷が怖いのかと思った」
 ◆がクスクスと笑えば、キラーは肩をすくめる。
「なかなかゆっくり話す暇も無いから、いい機会だと思って来たんだ。食堂だとキッドの邪魔が入るし、おれは一人部屋でもないからな」
 キラーはそう云って、持っていたマグカップを机の上に置いた。
「でも、私の部屋狭いし……談話室でも良かったんじゃない?」
 船長室のように、家具が色々揃えられるほど広くはなく、ベッドとチェストと机、姿見だけが、やっと置かれていると云う状態の部屋である。圧迫感は無いものの、人が二人居るともうスペースが無いくらいで、◆はベッドに座り、キラーは机の椅子に腰掛けていた。
「いや、ここがいい」
「そう?」
 ◆が小首を傾げるのを見て、キラーはおもむろに立ち上がる。
「……隣、いいか?」
 となり――と一瞬考えて、◆はコクコクと頷いた。
「あ、うん。どうぞどうぞ」
 キラーが座るスペースを空ける為に◆も腰を上げたが、ちょうどグラリと船が大きく揺れ、思わずよろめいてしまう。
「わっ――」
「っと」
 そのままであればチェストに頭をぶつけていただろうが、すかさずキラーが支えてくれた。
「ありがとう、キラー」
 相変わらずの反射神経だと感心しつつ礼を云うが、キラーは動かない。
「――どうかした?」
「全く…………鈍い奴だ」
 ボソッと聞こえた声に首を傾げていると、キラーと共にベッドに座らされる。そして、そのまま手が◆の腰に回れば、ただでさえ狭いベッドの上で、更に互いの距離が無くなってしまう。
「き、キラー?」
 さすがに慌ててキラーの顔を見るが、仮面の為に表情は分からず、意図も読めない。
 不安そうな◆の瞳を見て、キラーはクク、と口元を歪めた。
「無防備な奴だな。部屋に男と二人きりだぞ。それとも、おれ相手と油断していたか?」
「へ、な……何云ってるのか、ちょっと分からないんだけど――話したいって云ってきたのはキラーじゃ……?」
 頭の上に“?”を沢山浮かべている◆は、段々と近付くキラーの仮面に向かって顔を引き攣らせる。
「そうだな、」
 キラーは◆の腰に回した手を一旦離すと、片膝をベッドに乗せ、片手を◆の肩に乗せた。そうすると、◆は自然とベッドの上で後ずさりをする。それに迫って上体を落としていけば、知らない内に、◆はどんどんベッドに横たわっていく。
「話もしたかったが、こうして触れたかった……もっとお前に近付きたかったんだ、◆」
 気付いた時には、◆はキラーに覆い被さられるようにして組み敷かれていた。
「――ちょッ……! な、――まっ!」
 焦ってキラーの下から抜け出そうとするが、それを許す殺戮武人でも無く、がっしりと手首を押さえ込まれてしまう。
「ちょ、ちょちょちょっと、キラー!! 何すんの……っ!?」
「“何をする”って……――なあ?」
 片手で易々と◆の手首を拘束したまま、もう片手で仮面を外す。長い髪で顔は見えないが、唯一見えた口元で、舌がベロリと踊った。
 瞬時に頬を赤く染めた◆は、キラーにしてみれば“そそる”顔で睨んだ。
「そっ、そういうのは……っ、順序と云うものがあってねっ……!」
 腕を振り解こうと◆が暴れ喚くのも構わずに、キラーの唇が◆の首元に軽く触れる。
「“順序”……? ああ、そう云う事か」
 顔を上げたキラーが、納得したように頷き、◆の手首を放した。ホッと息をつく◆へ逃げる隙も与えずに、片手を◆の顔の横に置き、もう片手はその小さな顎に添えられる。
「好きだ、◆」
「――へっ、す……え、えええ……ッ!!?」
 怖がらせぬように小さな音をたてて唇を吸い、一旦離れて獲物を見下ろす。
「これで文句無いな? まあ、あったとしても、もう我慢は出来ないが」
 涎を垂らさんばかりの、まさに“オス”となったキラーを見上げれば、恐怖心とはまた違う何かが◆をゾクゾクと震わせた。
「き、らー……」
 自覚は無いだろうが、その瞳が扇情的な色に変わる――その事に気付き、キラーは満足げに、そして安心させるように、けれど獣のようにニヤ、と笑んだ。
「せっかくのご馳走だ、晩飯は抜いて、ゆっくりいただくとしよう」
 食堂では、夕飯の時間まで微睡むクルーたち。
 この部屋では既に、二人だけの嵐のような夜が幕を開けていた。



 END.










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 これはかなり昔から短篇として書いてたものなんですが、上手くまとまらず放置していたのです。が、時間帯のお題に上手くはまるんじゃないかと思って、企画用に色々削ってシンプルにしてみました。キラーがハァハァ迫る感じが書いてて楽しかったです。
 相思相愛だけどヒロインは寝耳に水。夜にはフライングだよと云うお話でした。

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