俄雨と雨宿りの夕暮れ
 地べたに布を敷き、自分で仕入れた装飾品を並べて売る。それが私の生業。
 今日も売上は上々だ。
「さー、そろそろ店じまいするかな……」
 気付けば夕暮れ時。
 そろそろ商品をしまい始めようかと腰を浮かせたが、人の気配を感じて顔を上げた。
「……」
 黒いツヤツヤとした髪を後ろに流した、端正な顔立ちの少年――いや、若い青年。腰に銃を下げ、顔をしかめて黒い瞳を鋭く刺してくる辺り、カタギではなさそうだ。
 腕を組み、偉そうな態度で私の前に立っているが、視線は下――商品だ。
(お客か……)
 上目遣いで様子を窺おうとした私の鼻先に、不意に冷たいものが落ちた。
「ん……?」
 そう呟いて空を仰いだ瞬間、それは急に襲ってきた。
「ぎゃああッ! 雨っ、商品が濡れるッ!!」
 並べてあった装飾品たちを慌てて袋に詰めながら、私はまだ立ったままでいる目の前の青年に声をかけた。
「お客さん、ごめん! 今日はおしまい! また今度見てって!」
 ガチャガチャ云わせ、荷物を全てまとめて背負うと、とりあえず近くの店の軒下へ飛び込む。
 自分は少し濡れてしまったが、大事な商品に支障は無いだろう。
「っふー!」
 安堵の息を吐き、荷物を足元に下ろす――と、ついさっきにも感じた気配が。
「あなた……さっきの――」
 同じように顔を上げれば、自分の目とあまり変わらない位置に、黒く鋭い瞳があった。
 黒髪と服を湿らせ、先程と同じようにムスッと腕組みをして立っている。
「もう今日は売らねェのか」
 視線は雨の濡らす通りを向いていた。だから返答が遅れた。
「……へ。あ……うん。雨降ってきちゃったし、夕方以降は仕事しないんだ」
「そうか」
 表情一つ変えず、淡々と頷く。目つきは悪いがその瞳には強い芯があると読める。商品をふんだくろうと云うわけでも無さそうだし、雨宿りの暇潰し相手にはなるかなと、とりあえず質問してみる。
「あなた、一般人じゃなさそうだけど、海賊か何か?」
 彼はこちらを一瞥し、意外にも素直に頷いた。
「まァな……じき、独立して自分の海賊団を結成するつもりだが」
「へー! 若いのに船長さん!」
「アンタもおれとそう変わらねェだろう……それに歳なんざこの世界じゃあまり関係の無ェ事だ」
 彼が何歳かは分からないけれど、時々、お客から「嬢ちゃん」なんて呼ばれもする私とは同い年くらいか、彼が少し上かだ。
「悪いね、船長さん。せっかく見てくれてたのに。何か探してたの?」
「……独立する決意を込めて、と思って見ていただけだ。別にアンタが気にする事じゃねェ」
 船長さん、と呼べばほんの僅かに返事が柔らかくなる。怖そうな印象を与える表情がなんとなく可愛いだなんて思ってしまった。
 そうニヤついていたら、不意に雨音が軽くなった。軒下から空を覗けば雨は止み、西の空には名残惜しそうな茜色がいつの間にか見えている。
「俄雨かあ、昼間じゃなくて良かった! ――じゃ、私はもう宿に戻るけど、良ければまた明日来てくれる? この辺りで店開くから」
 荷物を背負おうと持ち上げたが、彼は首を振った。
「おれ達はもうすぐ出航する。本当は明朝だったが、海軍がこの島に近付いているらしい。だからその前に選ぼうと――」
 黒い瞳が真っ直ぐこちらを見る。
「アンタ、なかなか良い品を置いているからな」
 一瞬、息が出来なくなった。
「あ、ありがと……」
 なんだか頬が熱くなった気がして、自分の手の甲を当てながら何とか礼を云うと、彼はフン、と鼻で笑った。
「じゃあな」
「あ、あの!」
 軒下から出ようと踏み出した彼を、私は思わず引き止めた。
 そして、商品の袋とは別の自分の鞄から“あれ”を取り出して青年に差し出す。
「これ! はいっ!!」
「なんだ……?」
 彼は戸惑いながらも、小さな絹の袋を受け取ってくれた。おもむろに袋の紐を解き、中のものを手の平へ。
「――これは、」
 彼の手に転がったのは、何の装飾も宝石もついていない金のピアス。けれど、飾りなど必要無いと云わんばかりに輝きを放つ。「この価値が判る者のみ手にするがいい」――そんな言葉が聞こえてきそうだ。
「それ、お客に見せた事のない商品なの。苦労して手に入れたし、私自身が気に入って、なかなか手放せなくて。でも、船長さんにあげる」
 未練を感じない自分を不思議に思いながら笑うと、青年は、その目つきに似合わず少し慌てたような表情を浮かべた。
「おい、こういうものは金を持ってる奴らの前にここぞって時に出す品だろう。白ひげとかロジャーみてェな大海賊にやるなら分かるが、おれみてェな……まだ一人前の海賊でもねェ奴に寄越しても何も――」
 プライドが高そうな彼が、およそ自分では云わないであろう言葉。それを自分で吐いた青年の手に、私はそっと触れた。
「っ……!?」
 思わず固まってしまった彼に構わず、ピアスを握らせるように、ぎゅっとその手を包む。
「じゃあ、今が“ここぞ”って時だよ――そう感じたもの。職業柄かな、私はその人の相応のモノが判るんだ……多分ね! あなたは確かにまだ一人前の海賊じゃないかもしれない。でもいずれ、このピアスが相応しい海賊になる筈、ううん、なる! だからこれを受け取って」
 そう、“受け取って欲しい”のだ。その気持ちが自分でもこそばゆくて、誤魔化すように笑う。
「まあ、もしかしたら私にとっては貴重な“ソレ”も、もはや“小物”になっちゃうかもしれないけど」
 貴重な品をいくら積み上げても、傾きもしない大物海賊になってしまったら――寂しいかなと思う私は勝手だ。
「……お前、名前は」
 彼は視線を手元へ下げ、呟くように訊いた。
「えっと、◆、です」
「◆だな、覚えておく」
 そっと手を放せば、彼はピアスをじっと見つめる。
「おれがこのピアスに相応しい、その名も轟く海賊になったら――」
 そう云いかけて、ふと口をつぐんだ。
「ん?」
「クク、ハハハ……まあ、いい。お前も覚えておけよ、おれの事を」
 何故か一人で楽しそうに笑った彼は、そのまま私に背を向け、今度こそ軒下から出てしまう。
「あっ、せ、船長さんの名前っ!!」
 既に通りを歩いて行る背中に慌てて尋ねると、彼は肩越しに振り向いた。
「クロコダイルだ。サー・クロコダイル。――受け取れ、◆……!」
 ポイッと投げられた包みをどうにかキャッチすると、それは上等とは云えない布製の包み。広げてみれば、一万ベリー札が数枚――まさか、若い彼の全財産じゃなかろうか。
「これ……?」
 首をかしげつつ顔を上げた私に、クロコダイルは悔しそうな、けれど満足げな表情を浮かべた。
「足りねェ分は、いずれ大海賊になったおれが払う!」
 それは、きっとずっと忘れられない、眩しい――少し悪戯っぽい笑顔だった。
 クロコダイルが大海賊になる事、そして再会出来る事を思わせるそれに、私は微かに苦しくなる胸を押さえて笑みを返した。
「――ッ分かった! 待ってるからね、クロコダイル!!」
 あなたが、そのピアスが似合う人になって、再び会える日まで――。



「お、クロコダイル。遅かったな、買い物は済んだか?」
「あァ……ちょっとした宝払いをしてきた」
「珍しいな、お前がンな事するたァ」
「フン……まァな」
 計画を始めるとしよう。
 おれが、このピアスに相応しい海賊になって、そしてお前を――……。



 END.













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 10万打お礼→1周年お礼→100万打お礼になってます。アララ
 普通に40代鰐と雨宿りでも良かったけど、それじゃつまらん! と捏造してみました。SBSにある幼少期より少し後……独立って17くらいなんですかね、そのくらいの設定です。

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