会いたい午後
 海軍本部の敷地内にある庭は、常に美しく整えられている。その作業の大半を一人の女海兵がこなしていたが、それは義務付けられたのではなく彼女が好きでやっている事だった。
「フフフフ……」
 目当ての者の姿は見えずとも、手入れが行き届いている庭を歩くだけでドフラミンゴの口角は上がる。花や植物が好きな訳ではないが、彼女が水をやったと思う花を見ると同じように愛しく思うのは自分でも可笑しい事だ。
 そして、探していた彼女の姿を花壇に見つけ、ドフラミンゴは満足気ににんまりと笑む。そっと後ろから近付き、その体を思い切り抱きしめた。
「うわあっ!?」
「フフフ! やァっと見つけたぜ……◆ちゃん」
 色気の無い声を上げた◆をぎゅうっと後ろから抱き締めつつ、その髪に鼻先を埋めた。
「ドフラミンゴ……!? もう、普通に声掛けてよ……びっくりするでしょ」
 ハーブの様子を熱心に見ていた◆は、後ろから来たドフラミンゴの気配に気付けず、少し悔しそうにしていた。
「フフ! フフフ……! 会いたかったぜ、◆」
 ギュウ、と力をこめ、ドフラミンゴがそう囁くと◆は目を少し見開く。
「どうしたの? 何かあったの」
「いや? 何も無ェけどな……ただ、今日は無性に◆に会いたくてよ、本部中を探し回っちまったぜ」
 普段と変わらぬ調子で云っているが、少し様子が違う。いつもならこの後すぐにキスしてくるくせに、まだ顔を上げもしない。
「……そう……?」
 納得がいかないまま、◆は園芸用の手袋を外して後ろから回された大きな手を弄る。意外にも綺麗で爪も整えられていて、ゆるゆると撫でてみる。
 それがくすぐったかったのか、ドフラミンゴはやっと顔を上げた。
「……ん……まァ、いつもと少し違うな。今日のおれはよ」
「ほらほら。強がりなんだから、ドフラミンゴは」
 少し得意げに◆が笑うと、ドフラミンゴは大げさに肩をすくめてみせる。
「フフ……あァ、今日はあれだ、◆にスゲェ甘えてェ気分だ」
「――甘えたい?」
 キョトン、と◆は首を傾げた。突拍子も無い事を云いだすのはいつもの事で、彼女にはその耐性もあったが、そんな言葉がドフラミンゴの口から出るとは思わず、何度か目をしばたかせた。
「あァ。……そうだな、とりあえずおれを思い切り抱き締めてくれよ」
 ドフラミンゴはそう云うと、◆から離れる。振り向けば、ジッと見下ろす視線が本気だと云う事を物語っていて、◆はクスリと笑った。
「ふふっ、分かった」
 身長差が大きく、どう頑張ってもドフラミンゴの腰にしか届かないのだが、それでもギュウッとピンクのコートごと抱き締めてやる。背中から抱かれたのでは味わえない温もりを互いに感じる。
「あとなァ、撫でてくれ、優しくな」
「はいはい」
 少し体を離すと、ドフラミンゴがしゃがんでくるので、短い金髪をサクサクと優しく撫でてやる。
「あとな……頬にキスをくれ、フフ!」
「はいはい……ん」
 云われた通りにその頬に小さなキスをし、おまけに唇にも短くキスを落としてやった。
 満足気に息を吸い込みながら上体を起こしたドフラミンゴは、自分の唇を親指で撫でる。
「続きはそうだな、◆の部屋でお願いするかァ……◆が育てたハーブで淹れたアフタヌーンティーを飲んでよ、◆の膝枕で昼寝してェな……!」
 まさに“午後の予定”と呼ぶに相応しい、ここが海軍本部だと思えない寛ぎプランだ。
「ふふっ、いいよ。おつるさんや出撃要請に邪魔されない限りはね」
 ◆は脇に置いてあった水やり用のホースを拾い、蛇口の方へ持って歩く。その後ろをコートの羽を揺らしながら、ペタペタとドフラミンゴがついて来る。
「フフフ! 誰にもおれと◆の時間は邪魔させねェさ……なんてったっておれは今日、◆に会いたかったからなァ! ◆の午後は全部おれのモンだ」
 ホースをぐるぐる巻き、片付けを終えた◆は水道で手を洗いながら、その彼らしい言葉に反論を試みる。
「あら、私の意志は無視するの?」
「意志だ? 聞かずとも解るぜ、◆だっておれに会いたかっただろ」
 再び後ろから抱き締められ、蛇口をキュッと締めたドフラミンゴが◆の濡れた手を絡め取る。キラキラと水滴が光り、それがドフラミンゴの手に流れていくのを眺めながら、◆は穏やかに微笑んだ。
「ふふっ……そうね。会いたかった」
 ――敵わない。溜め息を吐き、ゆっくりとドフラミンゴに寄り掛かった。
「フフフ……フフ! いい子だ……! 決めたぜ、今日の午後はとことんお前に甘えるとしよう……!」
 歳もそうだが、体も態度も大きなこの“七武海”が先程から全く子供のようだ。しかし、それが彼の良いところでもあり、自分が惚れたところでもある。
「よしよし、可愛いドフラミンゴ。たっぷり甘やかしてあげる」
 二人が”会いたい”と思う午後。どんなフレーバーの紅茶でもその甘さに勝てはしないだろう。



 END.













==========
 長くなってしまいましたがこれでも削りました。最初からこのお題はドフラさんだと決めていましたが、どうにも全く浮かばず。が、突然閃いて。またもや海軍ヒロインですね。好きです。
 連載などではあまり甘い雰囲気に出来ていないので、せめて短篇では甘々にしたいと思ったらこんな感じになりました。

- 5 -




←zzz
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -