朝焼けまで、あと一時間
 スモーカーの朝は早い。
 日が出ない内に海軍基地へとやって来ると、執務室にてほんの少しの仮眠をとり、夜勤を終える部下達の書類にサインをする。コーヒーを淹れて一息吐いたところで朝日が昇り、訓練生達の朝練が始まるのを部屋からぼんやり眺め、たしぎが部屋へ飛び込んで来るのを待つのだ。
「おい、アイツはどうした」
 スモーカーは、書類のサイン待ちをしていた夜勤明けの海兵に尋ねる。
「……は、ええと……◆少佐の事ですか?」
「あァ」
 ◆は確か、徹夜で報告書の作成に当たっていた筈だ。
 とても七面倒な一件で、昨日の様子では今晩中には終わらなそうだったのだが、提出期限は今日の朝礼が始まるまでと云う、鬼のような指示を上司に受けていた◆は、血眼になって仕事に当たっていると聞いていた。
 だが、今サインしている書類は◆が担当していたものだったので、何故本人が届けに来ないのかとスモーカーは訊ねる。
 夜勤明け特有の赤い目をした海兵は、何度も瞬きをしながら首を捻る。
「少佐は……“急ぎの用がある”とかで、私に書類を預けて出ていかれましたが――」
 大分お疲れのようです、と云う海兵に、スモーカーはサイン済みの書類の束を渡した。
「そうか……。お前もゆっくり休め、御苦労だったな」
 スモーカーがそう云うと、海兵は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに、
「はっ! ありがとうございます! 失礼致します!!」
 と、元気良く敬礼をして、部屋を出て行った。
「チッ……ったく、世話が焼ける部下だぜ……」
 咥えた二本の葉巻を深く吹かしながら机の椅子から腰を上げる。
 目星は付いているので、すぐに“その場所”へ向かった。
「――やっぱりここか……」
 基地から少し歩いた場所に眺めの良い海岸がある。まだ薄暗い空と海の狭間に座り込む、見慣れたジャケット姿を見つけ、案の定だと苦笑した。
「……ん、おはよう。スモーカー」
 先程の海兵と同じ目をした◆は、驚きもせずに少し振り向き、また海へと視線を戻す。
「急用っつーのは、昨日たしぎが云ってたヤツか」
 ◆の隣に同じように座り込み、新しい葉巻に火をつけると、緩やかな風がその煙を攫っていった。
「当たり。“明日の朝焼けは凄く綺麗らしいですよ!”なんて云われたら見たくなるでしょう? だから提出期限前に終わらせなきゃと思って……でも早過ぎたみたいね。ふァ――」
 あと一時間てとこか、と云うスモーカーの言葉に、◆は目を擦りながら欠伸で返事をするので、思わず溜め息を吐いてしまう。
「たかだか朝焼けくれェで……早く終わらせたなら、さっさと帰って寝りゃいいだろう。数時間後にゃァまた仕事だろうが」
 波止場に投げだした足の先で、チャプンと波が寄せる。それを何となく眺めていると、ふいに視界に何かが映り込んできた。
「……何やってんだ、少佐さんよ」
 ◆はスモーカーの膝枕、と云うより、スモーカーの腿に上半身を預けるようにして寝そべっていた。
「徹夜で頑張った部下に膝くらい貸してよ」
「お前、ちったァ上司を敬えねェのか」
 溜め息を吐きながらも、スモーカーは風に流れる◆の髪をサラサラと撫でる。
 目を閉じたまま、◆はクスリと笑った。
「上司を敬った事の無い上司にそんな事云われたくないなあ……それに、みんなの前ではちゃんと“大佐”って呼んでるでしょう」
 敬語だしね、とこちらを向いた◆の悪戯っぽい笑みに、スモーカーは呆れた顔で煙を吐き出し、目の前の海を見つめた。
 水平線から太陽を連れてこようとしているのか、さざ波の音が少し大きくなった気がする。しかし、まだ東の空には日の出の気配が無い。
「朝焼けが始まったら起こしてやる。少し寝てろ」
 どうせ帰って寝ろと云ったって聞かないのは分かっているから、スモーカーはそう云って自分のジャケットを脱ぎ、同じものを着ている◆の肩にかけてやった。
「ん……仕事を頑張って終わらせたのはね、もう一つ理由があるの……」
 すると目を閉じたまま、半ば眠りの世界に入っている声で、独り言のように◆が呟く。
「何だ」
 返事をしながら、今度はグローブを外して髪に触れれば、◆は心地良さそうに微笑んだ。
「……早く終わらせれば、スモーカーが来る時間に間に合うと思って……そしたら一緒に……朝焼け、見れると……」
 途切れ途切れにそう云って、最後は寝息に変わってしまった。
「…………」
 スモーカーは咥えていた二本の葉巻を取ると、そっと屈み、◆のこめかみに小さくキスをした。
「そうだな――」
 おれもそうしてェと思っていたんだがな。
 口にしなかった言葉は朝焼けに伝えてくれたらいいと、さざ波に柄にも無く想いを馳せてしまうスモーカーの口元が、ほんの少し嬉しそうであったのは、薄明るくなってきた空を飛ぶ、早起きのカモメしか知らない事である。



 END.













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 御礼企画第一弾! と云う事で、まずはケムリンから。ローグタウンに居るスモーカーが好きだったので、まだ大佐の頃のお話。
 時間に間に合わなそうだったら手伝いに行ってやってもいいと思ってて、なのに書類を届けに来たのは彼女じゃなかったので、冒頭はご機嫌斜めです。そして最後は物凄く上機嫌だったりします。
 スモーカーの朝は捏造ですが、仕事に一生懸命な訳ではなく、自分の信念だけの為にこんな風にバリバリ働く人なんじゃないかと。デスクワークは苦手そうですが。

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