ねむれ、ねむれ(スモーカー) (1/3)
 目が覚めた。いや、覚めてた。ずっと覚めてた。
 眠れない。眠りたいのに眠れない。
「何でなのー……」
 自分に問うても答えが返ってくる筈も無し。
 ベッドで何度寝返りを打っても無意味で、◆は廊下を気晴らしに歩く事にした。
 ここは海軍G-5支部が所有する軍艦内。当たり前だがパジャマなど着るわけがなく、◆は愛用しているポロシャツのボタンを緩めて過ごしていた。普段はこの上に“正義”のジャケットを羽織っているが、今はカーディガンを肩に掛けている。
 時刻は丑三つ時を過ぎた辺り。この時間でも仕事をしている仲間も居る。自分は夜勤を任される事がほぼ無いが、眠れないのならむしろ夜勤の海兵と仕事を代わってあげた方が良いのではと思う。
 コツコツとなるべく音を立てないように廊下を歩いていると、前から灯りがゆらゆらと近付いてくる。足音は気遣いが無く、けれど荒々しくもない――特有のブーツが立てる音だ。
「スモーカー中将」
 白煙を纏い、前方から姿を現したのは自分の上司。この船の最高指揮官だ。
 名を呼ばれたスモーカーは、手元の灯りを掲げ、目を凝らす。
「? ……◆か。何してんだこんな時間に」
 口元の葉巻を揺らして、スモーカーは近付いて来た。表情は至って不機嫌そうだ。
「眠れないので艦内をちょっと徘徊してたんです。でも中将もこんな時間に……もしかして、まだお仕事されてるんですか?」
 雑用や夜勤に入っている者以外は就寝時間が決まっており、その時間には大概の海兵はベッドに入る。なので、スモーカーもとっくに眠っているものだと思っていた。
「おれァ今寝るとこだ。一応、操舵室から全て見回ってたんでな。現況報告を聞いて……まァ、それも終わったんでもう寝る」
 寝る前に船の中を全て見回る――なんてかったるそうな仕事だ、と◆は思わず「わあ」と労いと哀れみを込めた声を上げてしまった。スモーカーはそれを鼻で笑う。
「別に決まってねェ事だがな。すっきり眠りにつく為だ」
 自主的な事だと聞いて、◆は彼らしいと微笑んだ。面倒な事を一番嫌いそうで実はしっかりこなす。だから下につく若い者は皆彼を慕っているのだ。
 そう思いながらじっと見つめていると、スモーカーは居心地悪そうに首を鳴らした。
「この船にゃゴロツキみてェな海兵しか居ねェ。こんな夜更けにお前みてェのがフラフラしてて、何も無ェってのは云い切れねェぞ。お前も解ってんだろうが」
 G-5の者達は海兵と云っても元海賊や元賞金稼ぎなど荒くれ者が多い。それ故に発言も海兵とは思えぬもので、今日もたしぎには囃し立てる声が上がっていた。
「……でも、みんなあれでも中将の部下ですから。そんな事まず無いと思いますよ?」
 “あれ”でも信頼しているのは◆もスモーカーも変わらないだろう。海軍ではみ出し者扱いされている彼だからこそ、荒くれ者でマナー知らずの海兵は従うのだ。
 スモーカーは肩をすくめる。
「さァ……そりゃどうだかな。まァ、この船の中でそんな事が起きりゃァ、ソイツはこの海に突き落とすまでだが。手錠もオマケに付けてやる」
 表情も変えずにそう云ってのけた上司に、◆は口に手を当ててクスクス笑った。
「ふふ、コワイコワイ」
 そんな◆を見下ろすスモーカーの眉間の皺はあまり深くは無く、ハァ、と短く煙と漂わせた。
「呑気な奴だな……。まァいい、来い」
「え?」
 コツ、と◆の方へ足を踏み出し、そのまま脇を通り過ぎる。
 振り返って首を傾げれば、スモーカーは「あ?」とその足を止めた。
「眠れねェんだろう」
「そ、そうですけど……ちょ、中将……!」
 スモーカーが何故か不思議そうな表情を浮かべ、再び背中を向けて歩いて行ってしまうので、◆は当たり前だが混乱する。
「来いっつったら来い、◆」
 困惑し立ち尽くしたままの◆に気付き、スモーカーは肩越しに顎で廊下の先を指した。
「は、はあ…」
 コトの把握をさせて貰えず、◆は上司の云われるままにその背中を追った。

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