あなただけを(クロコダイル)
「……なんで怒ってるの?」
部屋に戻り、開口一番に◆は聞いた。
クロコダイルは部屋の中央にあるソファの背もたれに、コートをバサッと投げ捨てると、そのままドカリと腰を掛け、葉巻の続きを吸いだす。
「……ねえ、なnで怒ってるの?」
もう一度同じ質問を投げかけるが、クロコダイルはまるで聞いていないかのように天井を仰いで煙の先を追っている。
◆はドアの傍に立ったまま溜め息を吐いた。
「ねえ、クロコダイルってば」
懲りずにもう一度声を掛けながら、ソファの前に立ってクロコダイルの顔を覗き込んだ。
「何を怒ってるの?」
「うるせェな……葉巻くらい静かに吸わせろ」
やっときいた口がこれだ。
「イヤ」
◆はそう云うと、クロコダイルの咥えていた葉巻をバッと取り上げ、後ろ手でテーブルの灰皿にぎゅっと押し付ける。
クロコダイルは途端に顔をしかめたが、構わずソファに乗り上げ、膝に跨ってやった。
「てめェ……何してやがる」
一気に苛立った声色に、◆はクロコダイルのスカーフを両手で握りしめた。
「クロコダイルこそ何か云ってよ。帰り道ずーっと無言でズカズカ歩いちゃって。私小走りどころか走ってたし。何云っても答えてくれないし。何か云ってよ! 私、何かした!?」
一通り云い終え、気まずくなって俯くと、クロコダイルが首を振りながら溜め息を吐いたのが分かった。
「あァ、したな……」
低い小さな呟きが聞こえ、◆は顔を上げる。
クロコダイルの表情はいつもしかめ面みたいなものだが、今はそれよりも不機嫌で、何処か居心地悪そうだった。
「……何?」
恐る恐る聞けば、腰に手を添えられてグイッと引き寄せられた。
「他の男と楽しそうに話してんじゃねェよ」
「他の男……?」
へ、と◆は一瞬止まるが、すぐに、
「ああ!」
と声を上げた。
「でも、それってアロマセラピストのお兄さんでしょう? 自分に合うアロマはどれかって話してただけじゃない」
クロコダイルと一緒に買い物に行った際、アロマショップに立ち寄ったのだが、そこの店員が若い男で、そう云えばそこからクロコダイルが不機嫌になった気もする。
「それだけにしちゃァ随分と仲良くしてたじゃねェか」
あァ? と、顎の下に鍵爪を当てられて、その冷たさにビクリと肩が揺れた。
「……クロコダイル……ヤキモチ?」
「……」
ニヤッと◆がそう云えば、クロコダイルはそれを鼻で笑う。
「お前が他の男を見てやがるからな、教えてやらねェと思ったんだ……なァ、◆?」
今度はクロコダイルがニヤ、と笑い、そのままソファに押し倒されてしまった。
それがヤキモチなんだよ――と、クロコダイルに跨られながら◆は笑ってしまう。
「何、笑ってがやる」
「ふふっ、だって私はクロコダイルしか見てないのに」
ね、と◆がほつれたクロコダイルの髪をそっと後ろに流すと、少しだけ目を細めた。
「……おれだってお前しか見てねェ」
熱が込められた低い声に◆は微笑み、クロコダイルの襟足に手を回す。
「ふふ、ごめんね……許して、クロコダイル」
引き寄せた唇に口付けをすれば、その口角が綺麗に上がる。
「償いは、この続きでもいいぜ?」
「うーん、割が合わない気がするんだけど……」
再び近付いてくるクロコダイルの顔の傷跡に指を這わせて◆が笑うと、それにつられたようにクロコダイルも微かに優しく笑った。
END.
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