甘過ぎるのは(クロコダイルVD)
「◆、これはなんだ」
 地下の事務所は、その場に相応しくないクソ甘ェ香りが充満していた。思い切り顔をしかめて進めば机の上に真っ赤なハート型の箱が置いてあった。
 おれはもう一度云う。
「これは何だと聞いているだろう……答えろ」
「ッんもー! とりあえず開けてみてくれてもいいのに! 空気読めないんだから、クロコダイルはー」
 こちらに背を向けているソファに隠れているのが丸解りだった◆が、つまらなそうにこちらへやって来る。
「お前が机の上に置く物は大体仕掛け付きだからな」
「今回は仕掛けなんてしてないから開けてよー」
 口を尖らせた◆が右腕に纏わりつきやがるから、わざと大きく溜め息を吐いて箱を開けた。
「……甘ったりィ香りは、コイツが原因か」
 箱の中には同じくハートのチョコレートの塊が入っていた。
「もっと違ったリアクションがあると思うんだけど」
「今日は下らねェイベントか何かか?」
「バレンタインデーは女の子にとっては下らなくないもん!」
 ◆は憤慨したようにおれの腕を叩くと、チョコレートの塊を少しフォークに差して寄越す。
「苦めのガトーショコラだから、クロコダイルも食べられるよ」
 苦めと云ったって、◆の基準の苦めだ。当てにならないだろう。そう考えていると、◆はフォークをグイグイ押し付けて来る。
「食えってェのか」
「当たり前じゃない。――クロコダイルを想いながらクロコダイルの為だけに作ったんだから」
 そんな事を云って、ふわりと照れ臭そうに笑われると弱ェ。
 あまり気は進まなかったが、おれは渋々と口を開けた。
「はいっ! ……どうどう!? 美味しい!?」
「……あァ」
「っ、ほんと!?」
 珍しく素直に答えたおれに驚いたのか、◆は一瞬言葉を詰まらせたが、またふうわりと笑うとおれに抱きつく。
「ふふっ、クロコダイル大好き。だーいすき!」
 ◆の髪をするりと撫でれば、◆がおれを見上げて嬉しそうに笑っている。
「……そうかよ」
 綺麗な曲線を描くその唇に口付けをすると、◆は少し眉間に皺を作りやがった。
「なんだ」
「苦い……」
「馬鹿云え、十分甘ェ」
 そう云ってやれば、◆は熱っぽい視線で見上げてくる。その表情は酷く艶やかだ。
「じゃあ、もっと甘いのして? クロコダイル」
 おれは、その声の方が甘ェ、と呟いて、キスをねだる◆を抱き上げた。
「続きはベッドでな……今夜は甘やかしてやる」
「ええー、今日はクロコダイルが甘えていいのに」
「阿呆か。おれが◆を甘やかしてやりてェだけだ」
 不服か? と問えば、◆はブンブンと首を振ってギュウと抱きつく。
 チョコレートの香りじゃねェ、◆の甘い香りがおれを乱す。
「なんか今日、優しいね? 嬉しいけど」
「……◆のチョコレートのせいだろ」
 ◆がおれしか見えねェようにしてやりてェ。柔らかく笑う◆の声が、甘い声が、おれの名しか呼ばねェようにしてやりてェ。
「フン、脳内もチョコレートみてェだな」
「?」
「好きだ、◆」
「ふふ、優しい」
 今夜は二人でドロドロに溶けてやろうか、そう呟いてベッドに沈めば、◆は甘い口付けを寄越して目を閉じた。
(ああ、甘ェな……)



 END.




 100214

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