後悔のない航海(ドレーク)
「ドレーク船長、海賊になった事に後悔とかあります?」
 船長室で船長日誌を書いていたドレークは、唐突な質問に思わず振り向く。
「なんだ急に……◆」
 暇だったからと船長室にやってきた◆は、勝手にコーヒーを淹れ、勝手に寛いでいた。
 ◆とは海軍時代からの仲で、ドレークの部下だった。
「私はあるんです」
「それは……おれに付いてきた事にか?」
「ふふ、違いますよ。そんなわけ無いに決まってるじゃないですか」
 少しだけ憂いた声に吹き出した◆を、ドレークは軽く睨む。
「……では、何になんだ」
「色んな事です。生まれてきてから今まで、いっぱい後悔があります」
 微かに寂しそうな顔をした事を、ドレークは見逃さなかった。
 キィ、と椅子から立ち上がり、◆の座るソファに腰掛ける。
「お前が何に後悔してきたかは分からないが、おれにも後悔は沢山あるぞ」
「ドレーク船長がですか?」
 ◆が見上げると、ドレークが頭の上に手を置いて優しく微笑んだ。
「当たり前だろう。小さな事にくよくよしていた時期もある」
「ヘえ……」
「誰しも悔いと云うものがある。しかし、海賊になった事は今までの悔いがあったから決められた事だ。ここで進むのを止めたら……悔いが残ると思ったからだ。◆、お前を連れて来たのもそうだ」
「私……ですか?」
 話が突然振られてキョトンとする◆の頬に手を添える。ドレークが◆に大事な事を云う時の癖だ。
「◆を連れて来る事にとても悩んだ。お前は、おれには勿体無い位の部下だったからな。おれが居なくなれば、アッと云う間に少将以上になれただろう」
「そ、それは買い被り過ぎですよ……」
 ◆は添えられた手に自分の手を重ねつつも、ドレークから目を逸らす。
「でも、どうしても連れて来たかったんだ」
「船長……」
「お前に拒否されても、無理やりにでも連れて来たかった。一緒に……居たいと思ったからだ」
 置いて来たら後悔していた――と云う声が掠れる。切ない声色に、◆は再びドレークを見つめた。
「だから、今おれに悔いは無い。◆のおかげなんだ」
「そんな……私、何もしてません……!」
「――◆」
 名前を呼ばれた瞬間、腕を引っ張られ、◆は思わずドレークの胸に飛び込む。そして、そのままギュウと抱きしめられてしまった。
「だから……◆の今までの後悔を、おれに預けてくれ。おれが今、胸を張って海賊で居られるように、◆が寂しい顔をしなくても済むよう、おれに寄りかかってはくれないか?」
 直に触れる肌から感じる温もりが涙を誘う。
 ◆はドレークにギュッとしがみつくと震える声で答えた。
「ごめんなさい船長……私、ドレーク船長の傍に居られるだけで過去の後悔なんかどうでもいい筈だったのに……なんか、思い出しちゃって――」
 ああ、分かっている、と優しく撫でられる。船長は優し過ぎます、と云えば、それも分かっているさとドレークは頷いた。
「――が、◆にだけだ。こんなに甘いのは」
 海軍時代からよく周りの者に冷やかされたものだ、と苦笑するドレークは、◆を腕から解放して、また頬に手を添える。
「……どうだ? おれに寄りかかる気になったか?」
「ふふ……はい、ドレーク船長がいいと云うのなら」
「おれは大歓迎だ」
 お前が寄りかかる場所は、ずっと昔から空けてあったからな、と云うと、またドレークに抱きすくめられた。
 海の香りがするドレークの胸に寄り添って、二人で未来を刻めば、きっと後悔なんてない――そう、◆は思うのだった。



 END.




 091205

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