仕組まれたのか?(ドレーク)
 ランプの灯りがゆらゆらと揺れる部屋に、控えめなノックの音が響く。
 時刻は零時を過ぎた辺りだろうか。こんな時間に誰かが訪ねてくるなんて急用か何かかと、◆は慌ててベッドから降りた。
「――ドレーク船長?」
 ガチャリ、とドアを開ければ、そこには帽子を手に持ったドレークが、どこか落ち着かない様子で立っていた。
「どうされたんです? 確かみんなと食堂で飲んで――」
「少し、いいか……?」
 ◆の言葉を遮って、ドレークは少し擦れた声で云う。コホ、と咳払いをした顔は酒のせいか赤くなっている。
 ドレークの目線が、◆の背後――部屋の中に向いているのを見て、◆は首を傾げながらも、どうぞとドレークを部屋に入れた。
「すまないな」
「いいえーーあ、コーヒーで良いですか? 私の部屋にお酒は無いもので」
 ◆の部屋は狭く、机とベッドだけで限界である。故に、ドレークにはベッドに腰掛けて貰い、コーヒーカップを渡し、自分は机の椅子に腰を下ろした。
「起こしてしまったか」
 ベッドに温もりが残っているのに気付いたのか、ドレークはすまなそうにそう云ってから、冷めかけのコーヒーを啜る。
「いえ、ベッドで本を読んでいただけですから」
 お気になさらず、と微笑むと、フイと目をそらされてしまった。と云うよりも、先程からずっとドレークと目が合わない。
「……船長、何かあったので?」
 ドレークは一人で行動する事も多いが、皆で話し合って決める事に重きを置いている。からして、いちクルーである自分もよく相談をされたり、話し合う事もあるのだが、今回は何だかそんな雰囲気では無さそうだ。
「…………」
 それに、ドレークから訪ねてくるのも珍しかったが、部屋に入って来るというのは滅多に無い。と云うか無い。船長室に来てくれと云われたり、談話室に呼ばれたりはするのだが、こうして自分の部屋で二人きりと云うのは初めてかもしれない。
 そう思うと少し動作がドギマギとしてきてしまうが、それよりもドレークの様子がおかしいので、◆は困ったな、と息を吐いた。
「船長、黙ってらしても何も分かりませんよ。ご相談でしたら何なりとどうぞ? それに、悩み事でしたら恐縮ですが自分が聞かせて頂きますし――あ! もしかして私が何か失態を……!?」
 様子が変というのは酔っているなどではなく、怒っているのかもしれないと、◆は息を飲んだが、ドレークはコーヒーを飲み干すと、ゆっくり首を振った。
「そうではないんだ……その……」
 あの、だからその……とドレークの声が段々小さくなり、モゴモゴと口ごもる。
 見た事の無い姿だったので◆は眉をひそめながらも、ドレークが話し出すのを待った。
「あの、だな……◆……コホン、その……」
 暫くコーヒーカップをもじもじと弄っていたドレークだったが、やっと意を決したように、ええい! と◆の方を向いた。
「これはっ、罰ゲームで……!」
「――へっ、ばつげ……?」
「初めは普通に酒を飲んでいたんだが、いつの間にか飲み比べになっていて……その内に誰が云い出したか“賭けをしよう”と云う話になってな」
 ドレークはハァ、と溜め息を吐き、片手で額を覆った。
「賭け、ですか」
「だが、おれは賭け事を好まんから、“負けた者は罰ゲーム”と云う事になってしまったんだ」
 ハァァァと更に深い溜め息を吐くと、ドレークが頭をグシャグシャと引っかき回すので、◆は慌ててその手を止めに入る。
「じゃあ、私の部屋に来たのは“罰ゲーム”なんですか?」
 それはどう云った類の罰なのだろうと、◆は首を傾げたが、さっぱり見当もつかない。みんな酔っぱらって適当に“女部屋に行って来て下さい”とでも云ったのだろうか。
 クシャクシャになってしまった橙色の髪はそのままに、ドレークは短く頷く。
「ああ……“◆の部屋に行って15分程話して来い”と云われてな」
「へえ〜。それが“罰ゲーム”って、みんなどう云うつもりなのでしょうね。私の部屋に来るのってそんなに嫌ですか?」
 苦笑いしながらそう云うと、ドレークはハッと顔を上げた。
「ちっ違う! だから“罰ゲーム”と云う云い方は良くないと思ったんだ! ……その、皆はからかっているだけで――あれだ、お、おれはむしろ……嬉しかったから、全く“罰”ではないんだ、が……!」
 つかえながらもドレークは云いきり、そして真剣な瞳で◆を見つめた。
「へ……? えっ? あの……えっ!?」
 突然の事に◆は戸惑い、頭の上に“?”を浮かべてドレークを見つめ返す。すると、自分の云った事に気付いたのか、ドレークが弾かれたように立ち上がった。
「すすすっ、すまん!! 今のは忘れてくれ!! そうだ、もう15分程経った頃だろう! そろそろ戻ってもいいだろうな、これで果たした事になるな! そうだな、よし、おれは戻るとしよう!」
 美味かった邪魔したなと、コーヒーカップを机の上に慌てて置き、バタバタとドアの方へ駆け寄ってノブを回した。
「……船長、帽子をお忘れですよ」
「――あ、」
 はた、と立ち止まり、ドレークは振り返る。
「ふふっ」
 クスクスと笑いながら、◆はベッドの上に置いてあったドレークの帽子を手に取った。
「す、すまない……」
 帽子を受け取ろうとドレークが手を差し出せば、◆は帽子ではなく自分の手をそっと添える。
「――ッ!」
 思わず引っ込んでしまいそうになる手袋をはめたドレークの手を、◆はきゅっと握った。
「ドレーク船長、あの……もし、お嫌でなければ」
 瞳は自然に上目遣いで覗き込みながら、ゆっくりドレークに近付く。
 互いの手の熱が伝わり合い、ドレークは思わず生唾を飲み込んだ。
「もう少し……ここで、お話しません?」
 罰ゲームでも折角いらして下さったんだから、と◆が微笑めば、ドレークもつられて目を細めた。
「狭苦しい部屋で宜しければ」
「……いや、全く構わない。むしろ――」
 少しだけ開いていたドアがカチャン、と閉まると、二人の“仕組まれた夜”が幕を開ける。



 END.




(かれこれ一時間、船長は戻ってこないな)
(この賭け、おれ達の勝利だなー!)
(ちっ、船長はヘタレだから絶対無理だと思ったのに……)
(いや、案外◆の方が誘ったんじゃないか?)
(えええ!? そういうパターンもアリかァ)
(まあ、ようやくくっ付いてくれたって事かな!)
 これが飲み比べの真相。

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