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しかし、クロコダイルに聞こえてきたのは鋭い銃声のみ。
クロコダイルに襲いかかろうとしていたクルーが倒れ、その先に見える銃口から煙が立つ。
「っ……はァ……っ」
それを手にしているのは、地面に這いつくばって、砂埃まみれになったナセだった。
「私が……出来ること……!」
銃弾がかすめた肩を上下させながら、ナセが呟く。
離れたところに落ちていた自分の銃に飛びつき、振り向きざまに動く対象を撃つ――大した腕前だと、クロコダイルはどこかぼんやり思った。
「頭、“女は傷付けるな”とドフラミンゴは云ってなかったか?」
そんな様子をまるで他人事のように眺めていたスキュアに、クルーが声を掛ける。
「ん? ……あァ……」
海楼石の手配も、自らの姑息な作戦も無意味だと理解させられ、それでもスキュアは不思議と落ち着いていた。
ドフラミンゴが本気でクロコダイルを討とうとしているわけではない事に、スキュアも気付いていた。彼にとって自分たちは手駒――否、それ以下の玩具なのだろう。
ほんの退屈しのぎのワニ遊び。そんな事は“この話”を持ちかけられた時に既に解っていたから。
「フン、そんな事忘れたな……おれ達を使って――何かを使ってどうにかしようなんざ考える方が甘ェんだよ」
そう吐いて笑う事でしか、彼の居ないところで悪態をついて笑ってやる事でしか、反撃出来ない。そんな自分達が情けなく、けれど海賊。誇りは失えない。
だから自分達はここへ来た、この話を受けた――誇りの為に。
「守りてェモンは、自分の手で守らなきゃァ意味が無ェ!!」
「――!」
スキュアが半ば叫ぶように、自らに向けて放った言葉は、砂漠の王にも突き刺さる。
――大切なモンを両手に抱えてちゃァ戦えねェ。だがその為に片方を捨てるなんざ男のする事じゃァねェ!
――大切なモンを守りきってこその“海賊”だぜ!?
あの男の憎たらしい声が巻き戻され、再生される。
迷うように揺れていた右腕の掌に、小さな砂嵐がぐるぐると舞い、少しずつ大きくなっていく。
――“っ私、サーの事が好きなの!!”――
“あの時”、懇願するように叫んだナセが、今は肩に滲む血も気にせず徐に立ち上がる。それを視界の端で捉え、クロコダイルは顔を上げた。
「いいな、皆殺しだ! ルークの仇を取るんだ!!」
「オオオッ!!!」
スキュアの掛け声と共に、クロコダイル、そしてナセに再びクルー達が迫ってくる。
「砂漠の金剛宝刀――デザート・ラ・スパーダ――!!!」
「うあああッ!!」
四刃の砂の斧が、ナセの方へと振り下ろされ、彼女を狙おうとこちらに背を向けていた者を斬り倒す。
そして自らは砂となり、その場を瞬時に去る。スキュアやクルー達の剣が空を斬った。
「何ッ!?」
大地や空気が乾いていく。けれどナセにはそれがとても心地良く感じられた。
そして“それ”はフッと、自分の目の前に降り立つ。
「サー……!!」
広い背中を覆うコートが乾ききった風にはためき、葉巻の煙が妖艶に揺れる。
目を丸くしているナセを少しだけ振り返り、クロコダイルはスキュア達を見据えた。
「護衛隊が騒ぎに気付いて来やがったら面倒だ……とっとと片付けるぞ」
低く独り言のような声を、ナセはしっかりと聞き取った。
「……ッ……、はい……!!」
色んな思いが溢れ出しそうになったが、それを何とか堪え、ナセは震える声で返事をした。
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