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「う……!」
「あいつ……!?」
 クロコダイルが転がったナセの倒れた方を振り返る。
 その反応にスキュアが眉を上げた。
「へえ……あの女、身内か?」
「っ……フン、馬鹿云ってんじゃねェ」
 これは条件反射だと自分に云い聞かせ、思い切り意地の悪い笑みを浮かべてやる。
 しかし、スキュアは顎に手を当て、フムと頷いた。
「そういやドフラミンゴが云ってたな、あのドクロの奴らの中に、クロコダイルの昔のオンナが居ると……!」
 その言葉にクロコダイルの笑みが消え、表情が強ばった。
「なに……!?」
 スキュアが剣を振り上げ、ナセの方を指す。
「その女を撃て!!」
 数丁の銃の構える音が、クロコダイルの耳に轟音のように聞こえる。知らず息を飲み、声を吐き出していた。
「待て、やめろ――!!!」
 ――“おい! やめろ!!!”――
 それに、いつかの記憶が重なった。
 目を見開き、手を伸ばす先に聞こえた声、光景。
 左腕に刺し回された長剣、気を失いそうなほどの痛み、振り下ろされる剣、泣き叫ぶナセ。
 間に合えと剣を引き抜き、甲板を蹴る。雨で冷たくなった小さな肩を抱き締めた。
 ――“サーと少しでも一緒に居れるとね、私は嬉しいの”――
 腕に手を回し、ギュッと抱きつかれ、こちらを見上げながら微笑むナセ。
 素直な物云いに面食らいながらも、口角は上がっていて。
 ――“ナセ……お前に、惚れてる……”――
 誰も信用しない筈だった。計画の為に、自身を保つ為に。無駄な感情を持て余すなど論外。
 そこに小さな白い手が、手触りの良い髪が、自分の名を呼ぶ声が、全てを狂わせた。自らを裏切らせた。それは心地の良い痛み。
 ――“忘れるんじゃねェ、何もかも無かった事にしてやる……!”――
 けれど。
「ッ――!」
 それは、どうしても枯れない。無かった事になど、出来ない。
 その記憶は、想いは――砂には出来ないのだから。
「ぐああァァ!!!」
 突如、“砂”が銃を構えた男達を襲い、ザクリと斬り上げた。
「っ……?」
 地面に伏していたナセは、銃弾がかすった肩を押さえながら体を起こす。
「え……!?」
 砂埃が舞う視界に目を凝らし、目を見開いた。
 自分を狙おうとしていたのだろう狙撃手達が獲物を手放し倒れている。
 理由などすぐに分かった――クロコダイルの肩越しに見える右手に“砂嵐”が小さく渦巻いていて、その手が少し震えていた。
「サ、ァ……?」
 彼の手と同じように震える唇を動かすと、掠れた声が出る。
 すると、こちらに背を向けているクロコダイルに、剣をかざしたクルーが背後から飛びかかった。
「貰ったァ!!!」
「ッ!?」
 狙撃手らと震える自分の右手に気をとられていたクロコダイルは、ほんの少し反応が遅れた。
 咄嗟に振り向き、攻撃を防ごうと左腕を突き出すが、リーチに敗けている。
「く――!!」
 瞬時にそれを悟り、襲ってくるだろう斬撃に歯を食いしばった。

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