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「“あっち”? さァ、どっちの事だか……おれにとっちゃァどちらもこの国を荒らす不届き者だ」
「ほォ……? まるで逃がしたように見えたがな、フフッフフフ!」
 ドフラミンゴはそう云って笑ったが、それ以上追求してくる事は無く、クロコダイルは内心ホッとしていた。はぐらかす事は苦手では無いのだが、今はその余裕があまり無い。
 もうこれ以上コイツとは話していたくない、何より今自分にはするべき事があるのだ――クロコダイルは今度こそその場から離れようとしたが、ドフラミンゴがそうさせなかった。
「あァ、もう一つ……この国でお前の女を見掛けたぜ? ナセちゃんだったよなァ」
「!!」
 こんな言葉を無視して進めない自分が情けない。
「おっと、“前の女”だったか? シツレーした、フフ!」
ドフラミンゴは一つ一つ言葉に棘を持たせ、それに対してのクロコダイルの反応を注意深く観察していた。
「……てめェは本当におれにブチのめされてェようだな……!」
 額に青筋を浮き立たせ、静かな怒りを纏うクロコダイルのオーラは通りすがる人を震え上がらせた。人通りの多い道だったが、人々は“英雄”からかなり離れた所を恐る恐る歩いていく。
 誰もが怯えるクロコダイルの“怒気”を真正面に受けながらも、ドフラミンゴはやはり何一つ動じず、そのピンク色の羽を揺らした。
「フフフ、フフ! 一年くれェしか経ってねェが、更に可愛くなってるじゃねェか。ま、色々と“オトナ”になっちまってるみてェだがな」
 そんな事分かっている、と云いたくなり、クロコダイルは葉巻を噛んだ。その姿を自分の目で見たのだから、見てしまったのだから。
「おれのカンじゃ、てめェに突き放されたってところか……これはチャンスだよなァ?」
「何を――!?」
 思わず焦った声を出してしまったのは、“自らの手でナセを始末しなければならないから”だと、すぐさまクロコダイルは自分に納得させる。
「フフ……いらねェんなら貰っちまうぜ?」
 ドフラミンゴは舌を出してほくそ笑んだが、すぐにその舌を引っ込め、稀に見る少し真面目な表情を浮かべた。
「あんなに大事にしてたのによォ……なァ? てめェで守りきる自信でも失くしたってのか?」
 何処か憂いを帯び――彼には全く不釣り合いな声色が路地裏に落ちる。
「……」
「いや、違ェか……“自分を守る為”にアイツを“捨てた”」
 そこで黙っていたクロコダイルがフン、と笑った。
「人聞き悪ィな、これはただの計画だ。アイツにはおれの計画の一部になって貰っただけだ」
 迷いの無い“社長”のセリフ。しかしそれは自分に云い聞かせているように聞こえた。
「ケイカク……“計画”ねェ……フフフ!」
 頷きながらドフラミンゴは含み笑いをする。その人を見透かす笑みが何とも頭にきて、クロコダイルは右手の関節をパキパキと鳴らした。
「……鳥野郎、これ以上おれの邪魔をする気なら、ミイラにしてやってもいいんだぜ……?」
 脅しではない雰囲気に構う事なく、ドフラミンゴはヒラヒラと両手を振る。
「フッフッフ! お前がこの国にこだわって居ついてやがる理由が何かは知らねェが……大切なモンは大切にした方がいいぜ?」
「ッ、黙れ!!」
 クロコダイルの荒げた声が通りに響く。離れた場所に居る者でさえビクッと肩をすくめ、町の喧騒が一瞬にして静寂へと変わった。

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