85
 やはりこれは“どちらの気持ちを煽るか”の危険な賭けだった。
 けれど――。
(だって逢わせてあげたかった……)
 それは“クロコダイルに”なのか。ロビンの中でもハッキリとしてはいなかった。
「……だから覚悟したと云うのにね」
 自分も、クロコダイルと同じ。望むものの為なら犠牲など厭わない。大切なものを作れば作る程、身動きが取れなくなってしまう――クロコダイルの云い分も解らない訳ではなかった。
 おもむろにテンガロンハットを取り、ローテーブルに置く。そこには“ビリオンズ”からの報告書が束ねられていた。
 それをぼんやり見つめていた彼女だったが、ふと疑問がわいた。
「……彼にあの子の居場所が解るのかしら……?」
 クロコダイル――Mr.0はアラバスタ内の社員達のアジトや活動場所を全て把握している訳ではない。把握しているのはミス・オールサンデーと、ビリオンズ同士くらいだ。更に、ミス・オールサンデーでもどのエージェントが今何処で何をしているかはすぐには判らないし、覚えていろと云う方が無理な話だ。何せビリオンズだけでも200人は居る。その中から特定のエージェントを探すとなれば“アンラッキーズ”を使った方が早いだろう。
 しかし、怒りに任せて外に出て行ったクロコダイルに今そんな考えが浮かぶだろうか。
 一縷の望みに懸け、ロビンは再び愛用のハットを被った。自分がナセの居場所を探したって何が出来る訳ではないが、こんなところで立ち竦んでいる場合ではない気がする。
「どうか無事でいて、ナセ……!」
 そう呟くと、最高司令官は足早に事務所を出るのだった。



 一方、レインディナーズを出たクロコダイルは、出たはいいが何処に向かうべきか考えながら街中を歩いていた。
 ナセが乗った船はナノハナ港を出たが、向かった先は分からない。バロックワークスのアジトは幾つもある。何度か社員であろう者達を見かけるが、まさか聞く事も出来ない。
「何処に潜んでやがる……」
 苛々と葉巻の紫煙を燻らせながら賑やかなレインベースを歩く。
「クロコダイルさんだ!」
「素敵、クロコダイルさんよ……」
 行き交う人々は羨望の眼差しで見つめてくるが優越感も何も感じない。
 それに、今クロコダイルは別の事に気を取られていた。
「……」
 何の気なしに歩いていた道だったが、ここは約二年前にナセと歩いた道だった。昼食をとる為に向かった店がこの先にはある。服を買い与えた店や、露店を覗きはしゃぐ姿をゆっくりと追いかけた通り、先程居たナノハナも二人が離別した場所だ。
「クソ……!」
 殺す相手を探しているのに、その相手との記憶が甦ってくる。
 マリージョアへの航海中、マリージョアでの事、帰路での戦闘、怪我にうなされて夢の中でナセの名を呼んだ事――。
「クハハ、消す奴の事を思い出してどうする……」
 クロコダイルはギュ、と鉤爪を掴み、爪を立てた。
 消してしまえば“こんな事”など無くなる。記憶すら消える。計画を無事に成功させる事を考えれば良いだけになる。そう自分に云い聞かせた。――今やらなければ、揺らいでしまう。
「忘れるんじゃねェ、何もかも無かった事にしてやる……!」
 そうだ、エージェントの居場所ならば“アンラッキーズ”に探させるのが一番早いのではないか。アラバスタ圏内に居るのなら子電伝虫で奴らに連絡を取ればいい。
 冷静になったクロコダイルはそう閃き、右手でコートの中を漁った。
「よォ。久しぶりだなァ、ワニ野郎」
 その声に動きが止まる。
 聞き捨てならない“その声”。

- 85 -




←zzz
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -