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 しかし、クロコダイルはその行為をピタリと止めた。黒い革靴の下で、ぐしゃぐしゃになりかけの葉巻から最後の煙が昇る。それは何も葉巻を捨てる事に躊躇ったからではない。眼下の光景に違和感を覚えたのだ。
「……?」
 眉間に皺を寄せ“それ”を目で追う。その刹那、クロコダイルに衝撃が走る。
「…、な……!!?」
 バロックワークス社員と海賊が入り交じる中に“それ”は居た。
「あれは……ッ!!」
 ――ナセ。
 声にこそ出さなかったが、奥に奥にしまい込んでいたその名は、脳を潤す水滴のように落ちてきた。
 コードネームはミス・ロビン。
 ミス・オールサンデーが自分の名前を与えた妹分、“我が社”の真相を知る者。
「何故アイツが……!」
 ここには居ない筈…とクロコダイルは口元を歪ませる。
 一年ぶりに見るナセは背中に“BAROQUE”と、腕に“社章のドクロ”が刺繍されたジャケットを身に着けていた。手頃な大きさの銃を片手に、急所を的確に狙い撃っていく。遠距離だけではなく、相手の懐に構わず入っていき、その鉛を見舞っている。どう見ても手練れの社員だ。
 そんなナセの姿を初めて見るクロコダイルは一瞬、時を忘れ、自分の知っているナセを思い出していた。武器を持った事の無かった、自分の腕にしがみ付いていた、自分に助けを求めていたナセ――そんな彼女は今、険しい表情を浮かべ、ただただ敵と判断した者を撃ち落としている。
 そうさせたのは自分だ。それに何の後悔もしていなければ、判断に迷いは無かった。なのに、何故かその光景に胸を抉られる様な感覚がした。
「……チッ」
 クロコダイルは既に火が消えていた葉巻をもう一度、忌々しく踏みつけた。
 何を思い出そうと今は関係の無い事。バロックワークスの存在も“七武海である自分”との関わりも誰に勘付かれても困るのだ。さっさとこの騒ぎを治めるに限ると、クロコダイルは右手を眼下へかざした。
「うああああ!!」
「何だァ!!?」
 たちまち揉み合っている彼らの中央に“砂嵐”が起こり、数人が飛ばされていった。両者とも驚いて辺りを見回し、そしてその姿を目に留めた。
「あ、アイツァ……!!?」
「この国で暴れてくれるな、カス共が」
 普段浮かべる薄ら笑いもバカにした様な態度も今は無く、その言葉にはただ苛立ちが見え、海賊も社員達も恐れおののいている。
 そしてその声に、その姿に、また息を呑む者が一人。
「……っ!!!」
 ナセは思わずその手で口を覆った。そうでもしなければ“その名”を口にしてしまいそうだったからだ。
(サー……!)
 ナセも同じく一年ぶりにクロコダイルを見る。変わらぬ彼の雰囲気に胸が熱くなり、うっすらと視界がぼやけた。
 ――やっと逢えた……!!
「ありゃァ“七武海”のサー・クロコダイルだ! おれ達の事を知られてもマズイぜ!?」
「奴らも引いてる内だ、とりあえず船に乗れ! ずらかれッ!!」
 バロックワークスの社員は口々に叫び、ついさっき停泊させた船に再び乗り込んでいく。アラバスタ内のアジトに向かう為の船であり、停泊させる場所はナノハナではなくても良いのだ。
 社員たちにケンカを吹っ掛けてきた海賊共もクロコダイルと争う気は無いらしく、船や街中へと散り散りに逃げて行く。
「オイ、そこの奴! 行くぞ!」
 声を掛けられ、ボーッと立ち尽くしていたナセはハッとそれに反応する。後ろ髪を引かれる思いながら船へ急いで向かった。

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