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 クロコダイルに逢いたい、とただひたすらに想う……名も呼ばれぬ日々。
 ――ナセ――
「ッ……!?」
 不意に、“その名”を呼ばれたような気がして立ち止まる。心臓がバクバクと脈打つ。
 キョロキョロと辺りを見回していると、すぐ傍にあるバーのスイングドアがキィと音を立てて揺れている事に気付く。
「……!」
 ナセは迷わずバーの前へ向かい、ドアを押した。
 バーの従業員――勿論、社員だが――は、ミス・オールサンデーが上陸したと云う騒動で店を出て行ってしまっているようだ。
 昼間でも少し薄暗いバーの中を進むと、バーカウンターに一人、凭れている影が見える。
「……み、す」
 ナセが擦れた声で呼ぼうとすると、その影はフフ、と笑った。
「元気そうね、ミス・ロビン……いえ、“ナセ”?」
「!!!」
 テンガロンハットの下にあったのは、以前と変わらぬ、彼女らしい微笑みだった。
「――ッ、姉さん!!」
 すぐさまミス・オールサンデーに駆け寄ったナセは、その細い体にギュッと抱き付く。彼女もまた、しっかりと抱きしめ返してくれた。
「…………姉さん、逢いたかった……っ!!」
「私もよ……ナセ」
 その久方ぶりの温もりと優しい声が、熱いものを込み上げさせる。
「っ……う……っ……っ」
 それは言葉に出来なくて、ナセはポロポロと涙を零しながら嗚咽を上げた。
(まるで、ナセに初めて出逢った時のよう――)
 ミス・オールサンデーは、ナセの伸びた栗色の髪を撫で、どこか苦しそうに目を細める。
「ごめんなさい、ナセ……どんなに心細い思いをしているか分かっていたのに……」
 ――逢いに来られなかった。
 でもそれは決して、自分を忘れたからだと云う事ではないと、ナセは分かっていた。だから孤独の中でも任務をこなしてこれた。
 スン、と鼻をすすると、ナセはゆっくりと顔を上げた。
「ううん、いいの。来られなかった理由は分かっているもの。……ふふ、少し寂しかったけど」
 涙を拭いながら、子供のように泣いてしまった自分を恥ずかしく思って小さく照れ笑いをする。
「自分を責めたりしないで、姉さん。“こんな所”に副社長が来る筈無いし、私が“ココ”に居るんだもの。迂闊な行動は副社長でも取れない……でしょう?」
「そうね――」
 出逢った当時は16歳にしては幼い表情をしていたナセは、今や強がりではない逞しさを持って笑っていた。
 その事に、ミス・オールサンデーはホッとしたような、寂しいような気がして小さく息を吐く。
「顔つきが凛々しくなって。大人っぽくなったわ」
「えっ、ホント?」
 頭を撫でられて嬉しそうにするところは、変わってはいない、とクスリと笑う。

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