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「我が社に、これしきのアクシデントにも耐えられん社員の居場所は無い。代わりは幾らでも居るのだよ、Mr.10」
『そ、そんなァッ! ボス! 今一度チャンスをッ!!』
社員の懇願する無様な姿に、クロコダイルは首を振る。
「さらばだ、Mr.10」
置かれていた受話器を乱暴に電伝虫に戻し、ソファにドカリと凭れ直した。
苛々と新しい葉巻に火をつけていれば、後ろからコツコツと足音が近付いてくる。
「随分乱暴なのね、何を焦っているのかしら?」
面白そうに尋ねるミス・オールサンデーに、クロコダイルは答えず、ただ葉巻をふかしている。
電伝虫が声を上げ、アンラッキーズから早々と報告のFAXが送られてくると、傍に居たミス・オールサンデーがそれを手に取って目を細めた。
「……Mr.10ペアによれば、ウイスキーピーク近海で、“丸いドクロに斜線の入ったジョリーロジャー”を掲げた船に突然襲われたそうよ」
「なに……」
クロコダイルは微かに目を見張った。そのドクロには覚えがある。
「まさか、あのクソ鳥……!?」
偶然か必然か――と、考え始めたクロコダイルの脳裏に、一年前のマリージョアでの出来事が甦る。
――もし“計画”の邪魔になるようだったら、“ソイツ”をおれに預けてくれてもいいぜ?――
あの時のドフラミンゴには、既にバロックワークスとしての動きは知れていたのかもしれない。もし、カマをかけていたのだとしても、先頃の一件は偶然ではない気がした。
「クソッ……! ミス・オールサンデー、至急だ。Mr.5ペアをウィスキーピークへ派遣しろ!」
カツン! と音を立ててソファから立ち上がったクロコダイルは、らしくなく声を荒げ、優秀な副社長を振り向いた。
ウエスタンハットを深く被った彼女は、口元に頬笑みを湛えている。
「私が行きましょう、サー。その方が確実じゃなくて?」
読めない女、それはハットを被っていなくとも変わらない。だが今は最高司令官を疑っている場合ではなかった。
「……妙な気を起こしやがったら、てめェも始末するからな。ニコ・ロビン」
「ええ、心得ています。サー・クロコダイル」
まるで、その言葉は聞き飽きたと云う風に肩をすくめ、ミス・オールサンデーは部屋を出て行った。
クロコダイルはおもむろに、デスクに残されたFAX用紙を手に取る。そこには何事も無くMr.10ペアを始末した事、バロックワークス船襲撃の事件が、ウイスキーピークの社員達に大混乱を来たしている事等が書かれていた。
「これ以上、おれの邪魔をしてくれるな……!」
誰に対して云っているのか自分でも分からぬ言葉を吐きながら、手にしたFAXをグシャ、と握り潰した。
ウイスキーピーク近海で起きた船の襲撃事件後、社員達は終始不安げに活動していたが、やがてボスから“相手の誤爆である事”、“相手は追跡中である事”、そして“今回のように任務に邪魔が入った場合でも、遂行出来なければクビも厭わない”と伝達され、皆一層気を引き締めていく事となった。
「連絡書によると、あの船はMr.10ペアのものらしいよ」
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