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(この人は何処まで知っているのだろう……)
言葉の真意を量りかねていると、ドフラミンゴはクルリとナセに背を向けて、ポケットに手を突っ込み、さっさと歩いて行ってしまう。
「――! ま、待って! 何でそんなに……一体、何をどれくらい知っているの……!?」
その背中に思わず訊ねてみれば、足は止める事なく、ただ面白そうな声が返ってきた。
「さァなァ……フフフ、おれは情報通だからな、お前の“ボス”とやらのやってる事くらい知るのは訳は無ェ」
「……そう、なの……」
これはもはや、バロックワークスの存在、ボス=クロコダイルだと云う事は把握しているのだと、ナセは確信した。
しかし、秘密がバレている事に社員としてどう対処すればいいのか、ナセは分からない。ドフラミンゴはナセにとって信じられる男ではあるが、社員としては敵と云う事になるのかもしれない。現に、バロックワークスの船が今さっき、彼の部下達によって襲撃されたのだ。
「……」
ナセは複雑な気持ちになった。
“計画の邪魔をする者はタダじゃおかない”と心に決めながらも、ドフラミンゴの銃を向ける事は出来ない。任務に余計な感情は不要と教えられているのに、揺れてしまう自分に幻滅する。
沈んだ心に唇を噛みながら、ピンクの背中を見送っていると、通りに出る手前でドフラミンゴが足を止めた。
「おい、ナセ」
「?」
猫背なドフラミンゴは、こちらを少しだけ振り返る。
「次に逢う時、今よりイイ女になってたらよ、今度は攫っちまうかもな。海賊らしく……フッフッフ!」
そう高らかに笑ったドフラミンゴは、じゃァなと云い捨てて、その姿を消した。
「……」
路地裏にはナセだけがポツリと立っている。
何処か取り残されたような気持ちになれば、視界がまたぼやけた。
(少しだけ、泣いてもいいかな……)
ふと、手に握っていた紙に気付き、ナセはそれをそっと胸に抱いた。
「……ありがとう、ドフラミンゴさん……」
『ボス!! 申し訳御座いません……ッッ!!』
レインディナーズの地下。
電伝虫を極力使わぬようにと社員には通達しているものの、この緊急事態とあってか、Mr.10は息も絶え絶えに連絡してきた。
「しくじったってのか、あんな簡単な任務を……」
ソファに腰掛け、葉巻をふかしながら“ボス”は冷笑を浮かべる。
『じゃ、邪魔が入りまして……ッ丸いドクロが――!』
「もういい……お前はアンラッキーズに始末させる。すぐに到着するだろうがまァ、ミス・テューズデーと冥土の土産でも探しておくんだな」
電伝虫は今にも泣きだしそうな表情をしていたが、云い訳を嫌うクロコダイルは殊更低い声で云い渡した。
『ええッ!?』
仕置きではなく“始末”と云う言葉に驚いたのか、信じられないと云う声が返ってくる。それにも苛立ち、手にした葉巻を砂にしてしまう。
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