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 ――けれど。
「嬉しい……けどっ……」
 涙は止まらないが、何とかドフラミンゴまで声が届くようにと息を吸う。
「ごめんなさい……っ、私は行けない……!」
 しゃっくりを上げ、ナセは滲む視界にピンクを映す。
「おれといるよりも“犯罪者”でいる事を取るか」
 すかさず返ってくる皮肉に、ナセは涙を拭いながら微笑んだ。
「ふふっ、意地悪な人……私が好きで犯罪を犯している訳じゃない事くらい、もう解っているんでしょう?」
「フフフ! 頭の良い嬢ちゃんだぜ……!」
 ピンクのコートを揺らし、ドフラミンゴは肩をすくめる。
 ナセは頬をグイッと擦り、目を細めた。
「私は秘密犯罪会社の社員。社員である以上、社長――ボスの指令通りに働くの。その為に過去も未来もとうに捨ててる! だって私はボスがこの計画を大事にしてきた事を知ってるから……!」
 この計画の先に何があるのか、ナセも薄々勘付いてはいた。
 けれど、社長――クロコダイルの傍で数年を過ごしたナセには、それがどんなに“悪”だったとしても、成就へ導きたい事だった。ユートピア計画の為にどれだけ必死にやってきたか……用意も周到に、計画の根を張り巡らせてきたクロコダイルの姿を見てきたのだ。
 “ミス・ロビン”と云う社員の働きが、クロコダイルの為にどれだけなっているのかは分からない。けれど、小さな歯車だが自分も彼の計画の一部。この先に逢える日が来ずとも、自分と云う歯車が動き続ける限り、それは彼に届いていく筈だ。
「私はボスの為に生きようって決めたの」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳が、今度はドフラミンゴを射抜く。
「……フッ……フッフッフ!!」
 すると、ドフラミンゴは額に手を当てて、肩を揺らして笑い出した。
「へェ、成程ねェ……フフフ! そりゃァ残念だぜ」
 そして、腰を掛けていたフェンスに手をやると、結構な高さだったが躊躇う事なくそこから飛ぶ。大柄な体格な癖に、タシッと軽い音を立てて猫のように着地したドフラミンゴは、ナセの前に歩み寄った。
「ごめんなさい……」
「フフ! 謝るんじゃねェよ、可愛い女を困らせるのは好きだが、お前のそんな顔は見たくねェ」
 まだ濡れていたのか、ナセの頬をそっと親指で擦ると、その大きな手でナセの頭を撫でてくれる。
「ナセ、お前だったらおれは何でも受け入れてやる。逃げたくなったら、いつでも連絡寄こせ、すぐに迎えに来てやるぜ」
 そう云うと懐から名刺のようなものを取り出し、ナセに差し出す。
 受け取って見てみれば、そこには数字の羅列が綺麗な斜め字で書いてあった。
「これは……?」
 ナセが首を傾げると、ドフラミンゴはナセの頭をポンポンと撫でた。
「フフフ、おれの電伝虫の番号だ。プライベートナンバーだからな、知ってる奴ァそう居ねェ。この電伝虫が鳴いたら、どんなに忙しかろうが必ず取るようにしてるからよ」
 それはそれは優しい声に、また涙が出そうになる。
「……まァ“ここ”の電伝虫じゃ、おれにかける事は出来ねェかもしれねェがな」
 しかし、ニィと笑ってドフラミンゴの云った言葉に、ナセはハッと目を見開いた。

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