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 常に自分の身を守り、自分の事だけを考えて生きてきた――そうしなければならなかった――そんな自分が、“彼女”の想いの成就を願っている。
 時は迫っているのだ。
(作戦がどちらへ転ぼうと“あの子”の望みだけは……)
 ロビンは唇をキュッと結ぶと、机の上に積み上がった書類を処分する為に椅子から立ち上がった。
 その時、電伝虫がFAX受信の声を上げる。
「あら、アンラッキーズからよ。何かしら?」
 机の後ろにはソファがあり、そこにはクロコダイルが坐していた。こちらに背を向けて葉巻の煙を燻らせている。
「……、」
 段々とFAXの内容が見えてくると、ミス・オールサンデーは思わずクロコダイルの方を振り向いてしまった。受信し終えたFAXを手に取り、もう一度目を通す。
「何だ」
 クロコダイルはこちらを向いてはいない。
 ミス・オールサンデーは、その背中をもう一度見る。
「……“Mr.0”の素性を探ろうとしている社員が居るらしいわ。それが誰かは特定出来ていないみたいだけど、活動エリアは分かったそうよ」
「スパイか。フン、幾度となくそう云う報告を受けたが、おれに辿り着けた奴が居るか?」
「いいえ……貴方が“クロコダイル”だと知る前に、オフィサーエージェントに抹殺されてしまうもの」
 秘密犯罪会社は“秘密”がモットーだ。それが明かされる事はまず無い。
「クハハ、今回もそんなモンだろう。――面白ェ、暇潰しにでも遊ばせておこうじゃねェか」
 何の気紛れか、計画が順調ときているからなのか、クロコダイルは余裕を含んだ声を上げた。
「抹殺せずにおくと?」
「あァ。ゆくゆくは消えて貰うがな」
 ミス・オールサンデーはその言葉に、そう……と肩をすくめ、コツコツとクロコダイルに歩み寄る。
「寿命を少し延ばした幸運なるスパイは、一体何処の社員だ」
「書いてあるわ」
 ソファの傍まで来ると、ミス・オールサンデーはピッとクロコダイルにFAX用紙を渡した。
「――ウイスキーピークよ」
 ピクリ、と右手が動き、僅かに紙が揺れる。
「……」
 その様子を、ミス・オールサンデーは注意深く観察していた。視線に気付かれないように横目で見下ろす。
 咥えた葉巻の灰の部分がどんどん伸びてゆく。クロコダイルの目線はFAXの文字ではなく、何処か別の場所を映しているようだった。
 “ウイスキーピーク”。
 まさか、この名を再び耳にするとは――それはクロコダイルもミス・オールサンデーも同じ思いだった。
「それなら、アンラッキーズには暫く様子を見る、と指令状を出しておくわ」
 黙りこくったままのクロコダイルにそう告げ、ミス・オールサンデーは仕事の続きをと、机の書類を手に取る。
「……ミス・オールサンデー」
 のしのし、とバナナワニがホールを歩いていくのを、何となく視界に入れながら、思わず口角が上がってしまった。
「何かしら」
 ソファの方を振り向けば、クロコダイルは先程と同じ体勢のままだった。が、肩から覗く手元のFAXだけがグシャリと握られて皺苦茶になっている。
 こちらからでは表情は分からないが、彼らしくなく迷いがある事だけは雰囲気で分かる。
「どんなスパイが潜り込みやがったか把握しておく必要がある。“理想国家の建国”に関しちゃァ順調だが、先、何が起こるか分からねェ……」
 先程とは一転した言葉だが、一つ一つ選ぶように話すクロコダイルは冷静を装うかに見えた。
「……。そうね、慎重に確実に任務を遂行する事が我が社の社訓の一つですもの。そしてそれが“貴方”よ、Mr.0」

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