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砂漠で拾った宝物
 Chapter-2-












 “作戦名・ユートピア”。
 バロックワークスが結社し、この計画の為に犯罪を重ねてきてから、もう六年が経つ。
「――ナセの事はもういいの?」
 そして、レインディナーズの地下であるこの事務所に、少女の姿が見えなくなってから一年が過ぎた。
「……誰がその名を出せと云った」
 大きな水槽をバナナワニが泳ぐ事務所――そこにあるソファに座り、各地にはびこる社員達からの報告書に目を通していたクロコダイルが顔を上げる。
 その表情と声は“怒り”をあらわにしていた。何故なら“ナセ”と云う単語を出さない事は、暗黙の了解だったのだ。
 しかし、ミス・オールサンデーはその怒気に臆する事なく、手にしていたワイングラスを揺らした。
「計画の邪魔になる者はことごとく消してきた貴方が、ナセを消さずに生かしておくなんて思いもしなかったわ」
 また一つ、“禁句”が耳に届く。クロコダイルは更に眉間の皺を深くした。
「……その通りだ、ミス・オールサンデー。おれは間違いを一つ犯した。アイツがここに初めて来た時点で殺しておくべきだった。そもそも計画の邪魔者を連れて来やがったのは一体誰なんだ……?」
「フフ。だけど結局、貴方はナセに気を許してしまった。そして自分の首を絞める事になった……私を責めるなんて出来ないんじゃなくて?」
 その時、ドン! と大きな音が部屋中に響く。クロコダイルが右手をテーブルに打ち付けていた。
「消されてェか、ニコ・ロビン……!」
 水槽の中に居たバナナワニでさえ、驚いて離れていってしまったが、ミス・オールサンデーは肩をすくめただけで、ワインに口をつけて微笑む。
「お好きにどうぞ? Mr.0。だけど、私を殺せば“プルトン”は見つからないわよ」
 そう涼やかに云い放つと、ミス・オールサンデーはカウンターにグラスを置き、そのまま部屋を出て行った。
「――チッ……」
 そうだ、何故殺さなかったのだろう。
 クロコダイルは苛立ちを抑えられずに、手にしていた報告書をグシャリと握る。
 自分に差し伸べられた手を払った時に殺せば良かったか。いや、ルークに襲われたところを見殺しにすれば良かったか。いや、もっと前だ。ミス・オールサンデーが“彼女”を連れて来た、あの時だ。
 自分の間違いに後悔すると云うよりも、憤りと疑問の方が強かった。
 信頼する者など要らない、誰も信用しない。その真髄を破ったのは紛れも無く自分であり、自身との約束を反故にした理由は、とっくの昔に解っている。
「……クソッ」
 彼女への想いなど、もう過去のものとしていたクロコダイルにとって、その名前は邪魔でしかないのだ。計画の大詰めを迎えつつあるこの時に、余計な感情は作戦の失敗に繋がる。
 クロコダイルは久方ぶりに耳にしたその名を呟く事なく、疼く左腕に葉巻を噛んだ。



 バロックワークスとは、自分にとって“ある目的の為”の場所。そして自分の身を隠し、生かしておく居場所だった。
 けれど、もう一つ。大切なものを見つけたと、ロビンは思う。
 生きる事と歴史を解く事にだけ必死になってきた自分を動かした。それは偶然なのか必然なのか分からず、面倒事になるかもしれないと思われた――そんな事には今まで決して首を突っ込んでこなかった。それなのに何故か、あの瞳は自分を動かしたのだ。
「不思議ね……」
 ――幸せになって欲しい。

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