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「――この子は“ミス・ロビン”」
 焦ったように聞いてくる男に、ミス・オールサンデーが答えた。
「“ロビン”……?」
 何処からその名が出てきたのか、すぐに付いた自分のコードネームにナセは目を瞬かせる。
 それを見下ろしたミス・オールサンデーの柔らかい微笑みは、男には見えなかっただろう。そして、お別れの時なのだと云うのがナセにも伝わってきた。
「ええ……さあ、行きなさい。追ってボスから指令が届く筈よ」
「へい。行くぞ、ミス・ロビン」
 男に促され、翼とレイピアを従えたドクロの船に乗り込んだ。船にはそのマークを何処かしこにつけた船員――つまり社員が何人も乗っていたが、ナセの姿に驚いたりせず、ほぼ無反応だった。飛び込み的に社員が増える事が日常茶飯なのだろう。
 全く知らない者達がわんさかと居る場所に入り込むのは、ナセにとっては苦ではなかった。右も左も分からぬ世界だが、何処かでクロコダイルとミス・オールサンデーと繋がっているところに居ると思うと、緊張と少しの恐ろしさも多少は紛れる気がする。
「出航するぞ! 面舵いっぱーい!」
 錨が上がり、少しずつ動き出す船の船尾に上がったナセは、ナノハナの港を見下ろした。
「……ね、さん……」
 大声で呼びたくなる気持ちを抑え、ナセは小さく呟く。
 波止場に一人佇み、その気持ちを分かっているとでも云うかのように、ミス・オールサンデーは頷いた。
 手を振る事も出来ない。が、必ずまた会えると信じて。
「強くなって……戻ってらっしゃい、ナセ……」
 この国で出逢った二人は心の中で手を振る。
「……またね、姉さん……ッ!」
 涙をこらえながら、段々と小さくなるミス・オールサンデーに、ナセは別れを告げた。



 一足先にレインベースへと向かったクロコダイルは、“お帰りなさいませ”と喜ぶカジノの従業員や客への挨拶もそこそこに、久しぶりのレインディナーズ地下の事務所へ足を踏み入れた。
「……」
 バナナワニが主人の帰りを待ちわびていたらしく、のしのしと擦り寄って来る。
「フン……」
 そう鼻で笑ったのは、何に対してなのか自分でも分からない。だが、口元が笑えてはいない事に気付いていた。
 バナナワニを無心で撫でていると、背後でブブ、と機械音がした。電伝虫のファックスの音である。
 振り返り、ゆっくりとデスクに近寄ると、受信し終えたその紙を手に取り、傍のソファへ腰を下ろした。
 それは数分前にナノハナ港を離れた、バロックワークスの船から送信された報告書だった。
 ――最高司令官より指令。アラバスタからウイスキーピークへ任務遂行中。
 ――新入社員……コードネーム:ミス・ロビン。現在、パートナー無し。活動先のウイスキーピークで募られたし。
 報告書に一通り目を通したクロコダイルは、それを適当にローテーブルへ放る。
 そして背もたれに寄り掛かり、宙を仰いだ。そこへ上っていく自身の葉巻の煙を、ぼうっと追う。
「……フン、余程大事らしいな、アイツが……」
 それは一体“誰”に対しての言葉か――報告書の文字に口元を歪ませながら、クロコダイルは静かに目を閉じるのだった。





 Chapter-1- END.

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