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「ハァ、……ハァ」
 呼吸を整えながら、その部屋のドアを控えめにノックする。
「……サー、居る? 入っていいでしょう……?」
 ノックにもその言葉にも返事は無かった。まだ電伝虫で話し中なのかもしれないと思ったが、耳を澄ませてみても中から話し声は聞こえてこない。
「……入る――!」
 よ、と云いかけてナセは口を噤む。何故ならその瞬間に、ドアが開いてクロコダイルが現れたからだ。
「っ! サー!」
 数日ぶりに見た、葉巻を咥えるクロコダイルの姿にナセは目を潤ませる。
 思わず抱き付こうとしたナセだったが、その手は鉤爪の左腕に大きく払われてしまった。
「ッ!!」
「……」
 息を飲んだナセをクロコダイルは刺すような視線で睨みつけると、そのまま廊下を歩いて行ってしまう。
「さ、あっ……!?」
 ナセの声が廊下に響くが、クロコダイルは反応しなかった。
 重傷の怪我から目覚めたばかりだと云うのに、緑のコートを翻して歩く姿は普段と変わらぬようでホッとするものの、それよりも彼の纏う雰囲気が重々し過ぎて息が詰まってしまう。
 まるで、ナセに“近寄るな”と云っているかのようで――。
(怒ってる、んだ……)
 クロコダイルが角を曲がり、その背中が見えなくなると、ナセは部屋にそっと入った。小さなソファに座り、膝を抱えて丸くなる。
「……っ……」
 あんな風に睨まれたのは初めてだった。
「……ごめん……なさい……!」
 震える声でそう呟いたナセは、ぎゅうと目を瞑り、軍艦がナノハナに着くまでずっとうずくまっていた。



 ゴォン、と云う音と共に、ノックと海兵の声が部屋に響く。
「ナセ殿! アラバスタ、ナノハナ港に到着致しました!」
 ハッと気付いて顔を上げ、窓に目をやると見慣れた町の景色が見えた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 そう云えば、クロコダイルが目を覚ますまではロクに睡眠をとっていなかったと思い出しながら、ドアの前に居るであろう海兵に返事をする。
 自分が寝ている間にクロコダイルが部屋へ来た気配は無く、あの時部屋を出たきりのようだ。
「サーは……?」
 部屋を出て、開口一番にそう聞いたナセの荷物を海兵が受け取る。
「サー・クロコダイル殿は既に降りておられます」
「……そう……」
 クロコダイルの荷物は部屋を出る前から預かっていたらしく、部屋にはナセの荷物しか無かった事の疑問は解消した。
 しかし――ナセの心は鉛が入っているかのように重たくなっていた。
 海兵に先導されて軍艦から降りると、少し離れた所にクロコダイルが腕を組んで立っていた。ナセが降りて来ても何も反応しない。
 軍艦はナセを降ろすと、すぐに出航して行った。先日の襲撃事件の事もあり、今海軍は忙しいのだろう。

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