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「ワニ野郎が乗った軍艦が海賊に襲われたって聞いたんだがよ……ほーォ」
 カームベルトを航海中の軍艦では、ドフラミンゴが電伝虫を片手に誰かと話していた。
「フフフ――内密にねェ、分かってる……いーや? 小耳に挟んだだけだ。――フフ! 確かにルークはおれの配下の海賊だがそれがどうした……あ? フッフッフ! 人聞きの悪ィ……おつるさんよォ、おれは何もしてねェ。だが確かにな、ワニ野郎が誰かを庇うなんざ有り得ねェこった。驚いちまったよおれァ……! あァ、また下らねェ事で召集は御免だとセンゴクに伝えておいてくれ――」
 通信を切ったドフラミンゴは、やれやれと云うように、大げさに額を手で覆って肩を震わせた。
「フッフッフ……!! ワニ野郎、本当“小娘”にやられちまってんなァ。ルークの野郎が背負ってたシンボルにまさか気付かなかったのかねェ……鰐の骨抜きかァ?」
 そう自分で云って吹き出す。
「策略家じゃァ、おれだって負けねェんだぜワニ野郎……フッフッ……フフフフ……!!!」
 悪気は無ェ、ほんの悪戯だと口元を歪めると、ドフラミンゴはソファに踏ん反り返り、計画を乱されたワニの怒るさまを想像してまた高らかに笑うのであった。



 もうすぐアラバスタの海域に入ると航海士に云われ、ナセは安堵の溜め息を吐いた。
 クロコダイルは未だに目を覚まさなかったが、経過は順調だと船医が云っていたし、アラバスタに着けばミス・オールサンデーも居るので心強い。
 あの事件から、ナセは急に孤独感に襲われていた。クロコダイルが居なければ、自分は軍艦の上で独りきりで知っている人も居ない。事件のショックは大きかったのに、誰にも甘えたり頼ったりする事が出来なかった。必死でクロコダイルの看病をするほかナセの心を支えるものはなかった。
 早くアラバスタに帰りたい、姉さんに逢って事件の話をしたい。凄く怖かったんだと云いたかったし、もう大丈夫だと抱き締めて欲しかった。
 しかし、それ以上にナセが懇願したのは、やはりクロコダイルが目を覚ます事だった。
「……ごめんね」
 夜、いつものようにクロコダイルが眠る傍らで、ナセはぼんやりと小さな灯りを見つめる。
 クロコダイルの腕に剣が刺さり、回された時の彼の声、自分を庇って背を斬られた時の音、自分を抱えた時の震える左腕、冷ややかな声――そして、甲板に倒れ込んで弱々しく笑った表情。
 忘れたいのにこびり付いて離れないそのシーンは、頭の中で何度も繰り返し再生され、ナセを震え上がらせた。
「……ゥ……ッ」
 小さな呻き声にナセはハッと顔を上げる。
 少し汗の滲んだクロコダイルの額に手を当てると、僅かだが熱があるのが感じられた。すぐ傍にあった桶にタオルを浸して絞り、額の汗をそっと拭う。
「……ハァ、ッ」
 苦しそうに歪む表情に、ナセの胸もまた苦しくなる。唇をきゅっと結んでせっせと作業をし続けていると、不意にクロコダイルの右手がピクリと動いた。

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