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 逃げる、なんて概念は自分には無かったが、嫌な予感に加えて自分の不安要素だ。ナセが居る事を考えれば、出来る事なら戦闘は避けたかった。
「――この船の上で白兵戦になる」
「そんな……!」
 大佐もそう云っていたが、きっと頼りにはならない。
「ナセ、おれが出たら部屋の鍵を閉めろ。おれが声をかけるまで決して開けるな」
「サーも行くの……!? 雨、止まないんでしょ!!?」
 ただでさえ、今まで味わった事の無い恐ろしい状況の上、クロコダイルに傍に居てもらえない――しかも、状況が良くない戦闘へ行ってしまうのはまさに恐怖だった。
「行かないで!!」
 クロコダイルの腕を放し、その胸に強く抱き付く。離れたくない、そんな場所へ行って欲しくない。
「……ナセ」
 落ち着いた低い声が落ちてくると、温かい手がナセの背中を優しく撫でた。
「海軍はアテにならねェ。おれが行かずに誰がお前を守るんだ?」
 その言葉に、涙を滲ませたナセの顔が上がる。
「いいか、何があってもこの部屋から出るんじゃねェ。灯りも消せ」
 時間はもう夜に差しかかっていたが、嵐のせいで夜と同じように外は暗かった。
 クロコダイルはゆっくり立ち上がると、自分に抱き付いたままのナセを立たせ、目線を合わせるように屈む。
「――約束しろ」
 険しい表情と有無を云わさぬ声に、ナセは目をぎゅっと瞑り、頷いた。
「……分か、った……」
 涙を堪えて俯くナセに、クロコダイルはそっと触れる。
「いい子だ」
 そう云うと、ナセの前髪をかき上げ額にキスをした。
「ッ――!」
「ナセ、絶対だ。その言葉を偽るんじゃねェ」
 目を丸くして赤くなっているナセを尻目に、クロコダイルは足早にドアへと向かう。
「サーも……! 死なないで……絶対に!!」
 泣きそうなナセの声に、クロコダイルはドアノブを握ると振り返り、
「あァ、約束してやる」
 と頷き、部屋を出て行った。
 そして、ドアが閉じた瞬間、船が何かにぶつかる音と野太い男共の声が響き渡った。
「っ!!!」
 ビクリと体を震わせたナセは、急いでドアへと駆け寄り、鍵を掛けた。そして、テーブルの上の灯りを消してベッドへ戻ると、ぎゅっと小さく座り込む。
(サー……絶対に死なないで――絶対に!!)
 ナセはそう呟き、手を組んで祈るばかりであった。



 ――あれからそんなに時間は経ってはいない。だが、ナセには酷く長い時間のように感じていた。
 部屋の外では、剣と剣がぶつかる音や銃声、人の怒号や笑い声、呻き声が響いている。その中からは、クロコダイル! と叫ぶ声も聞こえてくる。

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