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 なるべくなら触れていたい。力強い腕で抱き締められたい。耳元で、低い声で自分の名前を囁いて欲しい……。そんな願望が芽生え始めている事にナセも気付いていた。
 その感覚は何処か懐かしく、切なくて甘い。
「サー・クロコダイル……」
 ほこほことする胸に手をやりながら、ナセは一つの文字を浮かべた。
「――恋、かな」
 口にするととてつもなく恥ずかしくなって、ぎゅっと胸を掴むが、それがきっと正解の証なのだ。
 今までこんなに心が揺れる恋をした事があっただろうか。彼を、クロコダイルを手に入れたいと、こんなにも強く想った事はあっただろうか。
「好きなんだ……私」
 レインベースのカジノに大負けして、ミス・オールサンデーに拾われてまだ一年も経っていない。クロコダイルと共に過ごした時間は、ミス・オールサンデーやアラバスタの住人よりも短いものだが。
「好き」
(誰よりもサーが好き……!)
 と、ナセがふわりと笑った時だった。
 ――鈍い音が耳に遠く届いた。
「ッ!? 何っ!? わっ!!」
 その瞬間、船体は大きく揺れ、ナセは思わずベッドの柱にしがみつく。
 強さを増す嵐の音、それに紛れて聞こえてくるのは明らかに砲撃音だった。
「――!?」
 ナセは何が起きているのか分からずに身を震わせた。
 次々に海兵らの足音、掛け声が聞こえてくるが、それとは違うものと思われる足音がガツガツと近付いてくる。
 再び大きな音を立てて開いたドアからは、雨に濡れたクロコダイルが入って来た。
「サー! どうしたの、さっきの音は……!?」
 ナセはベッドから飛び降りると、傍にあったバスタオルを掴み、ソファにだるそうに腰掛けたクロコダイルの髪や服を拭き出す。
 スナスナの実の能力者ゆえ、雨に力を奪われたクロコダイルは体が上手く動かせないのが苛立つのか、忌々しそうに濡れた葉巻を吐き出した。
「っはァ、海賊だ。嵐に紛れて近付いてきたようだな……チッ、海軍様が気付かずにいるたァな」
 馬鹿にするようにそう笑うが、その表情には余裕が無い事をナセは感じ取る。
「おつるさんが云ってたやつ……!」
 大参謀の“血気盛んな海賊が多い”と云う言葉を思い出し、目を見開いた。
 その間にも、嵐と砲撃によって船は揺れ、段々と海兵の声に混じって海賊らと思われる男達の声も耳に届く。
「どうするの……っ!?」
 ナセはクロコダイルの腕にぎゅっとしがみ付いた。しっとりと雨を吸い込んだコートから、ひんやりと自分の手が冷えていくのを感じる。
「こう近付かれたら、軍艦なんざ小回りのきくモンじゃねェからな……逃げられもしねェ」

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